細野晴臣と鈴木惣一朗が語り合う、『録音術』のツボ「『できちゃったものは仕方ない』というのが、僕のやり方」

細野晴臣と鈴木惣一朗が『録音術』を語り合う

 前述したように、この『録音術』の根幹は、音楽家、細野晴臣の歩みを他者の目を通じて描いてゆくという部分にある(当初は1989年の『Omni Sight Seeing』一枚に絞って解析してゆくというアイデアもあったという)。だが、データ的な発見や波形の解析、楽理的な分析に偏らず、人間同士のやりとりから音楽が生まれるという視点、人間好きな好奇心を一貫させたことに成功が生まれたと思う。もちろん、鈴木はその好奇心が結果的に次の時代を生きる若い音楽家たちに対する決定的な刺激となることは最初から意識していただろう。だが、そんな啓蒙だけじゃ、こんなにいいグルーヴは生まれるはずないのだ。

 僕にはこの本は、細野に頼まれてもいない手紙を届ける役目を鈴木が務めた配達の記録のようにも思えた。会いたい人を訪ね、出会いから話を始めて、深いところに転がってゆくのを待つ。おおげさに言えばそれは“巡礼”だが、“お元気ですか? 細野さんは今もおもしろいです”というあいさつから始まる世間話か井戸端会議のようなものでもある。鈴木が雄弁であることは、細野のシャイな誠実さを逆に浮き彫りにもした。期せずして行間から立ち上るそのコントラストも、本書を絶妙で不思議でためになるものにしているのだ。

「細野さんのことをしゃべってるときのほうが僕らしい」(鈴木)

鈴木:10年前、20年前、初めて会った30年前と細野さんを知ってますけど、今が一番すごいと思ってるんですよ。

細野:本当?

鈴木:今のほうが細野さんがやってきたことがよくわかるし、なかなか凄味を感じるし。

細野:まあ、人間ね、長く生きてると多少凄味が出てくるのかね。

鈴木:でも、細野さんは逆にどんどんやわらかくもなっているというか。最初に会ったときが一番怖かった。僕らも緊張してたし、細野さんも忙しかったし、いらいらしてた。

細野:昔は結構いらいらしてたかも。

鈴木:10年くらい前から急にいい人になった気がしますね。ずいぶん和やかな感じになって、いいことも言うし、接しやすくなった。

細野:そうかもね。それはよく人に言われてた。「30代の頃はこわかったけど、まるくなった」って。

鈴木:還暦をお迎えになった後、そういう変化はあったかなという印象はあります。

細野:『分福茶釜』からこの対談は始まってるんだけど、あの頃に、もう自分がおじいちゃんみたいな気持ちでやってたから(笑)

鈴木:おじいちゃん要素は強い人でしたけど、本物になってきたというか。

細野:ザ・バンドを見てると、彼らってデビューの頃からおじいちゃんじゃない。特にレヴォン・ヘルム。

鈴木:小津安二郎映画の笠智衆さん。『東京物語』の時って、ものすごく若かったんですよね。でもおじいさん要素がすごい強い。

細野:笠さんもそうだし、レヴォン・ヘルムもそう。亡くなっちゃったけど、晩年には本当のおじいちゃんになったわけだから。僕もその要素があって、40代の頃はおじいちゃんの真似してたわけだよ。髪を長くして束ねてネイティヴ・アメリカンの長老みたいにして。そういう人たちになりたかったんだよね。やっと近づいてきた。

鈴木:林家木久扇さんの話していい? 大ファンなんです。先日、うちの近所で高座に出られて。そのときは、落語を一時間やられて。

細野:一時間!

鈴木:でも、落語しないんですよ。

細野:ああ、それが一番いいや。

鈴木:それでね、彦六師匠(林家彦六、1895~1982)のお話をする。

細野:これが好きでね。

鈴木:木久扇さんはお弟子さんだったんですよね。それでね、落語をしないで彦六師匠の話だけを一時間したんです。

細野:すごく聞きたい。

鈴木:いかに彦六さんがおもしろいかをずっと話されて。たとえば師匠の家に行くと、バスケット・ボールの試合を師匠はずっと見ている。それで「落語のネタを探してるのかな?」と思って、黙って見てるうしろのほうに行くと、「なんで籠に穴が空いているのに~、ボ~ルを入れてるのかねえ~? 誰か言ったらどうだい?」って言うんですって(笑)。で、木久扇さんはそれを聞いて「なんて素晴らしいんだ」って思う。そういう話を一時間して、最後に座布団を投げるんですよ。落語をしなかったということで。

細野:へえー!

鈴木:かっこいいなと思って。ロックンロールですよ。僕は2回見たんですけど、2回とも座布団は投げられてましたね。それでお辞儀を深くする。僕はそれを見て、「これだ!」と思ったんです。細野さんが彦六師匠、僕が木久扇さん。

細野:なんとなくわかる。

鈴木:「細野さんはこうだったよ」とか「こういうふうに煙草吸うんだよ」とか、そういう話はするんですよ。そしたらみんなニコニコするね。

細野:あ、そう?

鈴木:音楽の取材を結構受けるじゃないですか。でも結局、必ず細野さんのことをしゃべってる。「自分のプロモーションなのによくない」って言う人もいるんだけど(笑)。だけど、そういう状態を話すことで、自分のこともわかってもらえてるんじゃないかなと最近は思うようになってきた。自分のことをしゃべってるときより細野さんのことをしゃべってるときのほうが僕らしい、というか。

細野:へえ、なるほど。

鈴木:彦六師匠のことを話されてる木久扇さんと一緒。

細野:それを聞くと「あ、この高座見たい」と思うね。そういうことなのかな。

鈴木:それで今度はみんなが細野さんのことに興味を持つ、みたいな。

細野:僕はそこまで天然におもしろくはないけど。

鈴木:いや、細野さん気付いてないんですよ(笑)。それは僕が最初に会った頃から変わんないなと思うんです。

 最後に、本書の「はじめに 音楽を録音するということ」という序文の中で、鈴木は“ぼくにとっての細野さんの「録音術」とは、ある意味「忍術」のようなもの”と書いている。僕もそう感じていたが、そのタイトルを細野自身はどう思っているのか聞いてみた。

細野:『録音術』は忍術だって言ってたね。僕は忍術好きだからね。子供のころはスポーツはきらいだけど忍術は好きだった。高いところから飛び降りたりね(笑)。ジャンプはクラスで一番だったから。

鈴木:お、垂直跳び?

細野:立ち幅跳びもすごいんだよ。自分で感心しちゃうの。

鈴木:それは見たかったなー。

細野:最近、テレビで『真田丸』ってやってるでしょ? 僕はテレビは見ないけど、真田十勇士っていうのは昔の僕のアイドルだったわけ。猿飛佐助とか。そういう忍者はあのドラマには出てこないんでしょ?

鈴木:忍者みたいな人はちらちら出てきますけどね。

細野:『真田十勇士物語』だったら見るよ。霧隠才蔵、うどんこぷっぷのすけ……。

鈴木:それ、杉浦茂じゃないですか(笑)。

 やっぱり二人のやりとりはおもしろい。もっと聞いていたいけど、この続きはまたきっとそのうち。

(取材・文=松永良平/写真=竹内洋平)

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『細野晴臣 録音術 ぼくらはこうして音をつくってきた』(DU BOOKS)

■リリース情報
『細野晴臣 録音術 ぼくらはこうして音をつくってきた』
発売中
価格:2,700円(税込)

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