『細野晴臣 録音術』出版記念対談
細野晴臣と鈴木惣一朗が語り合う、『録音術』のツボ「『できちゃったものは仕方ない』というのが、僕のやり方」
過去40年以上にわたって細野が作り出してきた音楽は、日本のポップス史上、それまでに前例のないものだった。自宅に機材を持ち込んでのプライベートなスタイルでの録音、エキゾチカやアメリカ南部の音楽に着想を得たチャンキー・サウンド、テクノロジーと人間の共生を志したエレクトロニカ、ルーツ・ミュージックの失われた響きをデジタル・レコーディングで見出そうとする試み……。細野本人にすら正しい方法が見えているわけではなく、その先を知らずに進む本当のアドヴェンチャーの繰り返しだったということが、本書を通じてあらためて伝わってきた。
参考までに、本書に登場するエンジニアたちの担当した作品を挙げておく。
吉野金次 『HOSONO HOUSE』(1972年)
田中信一 『TROPICAL DANDY』(1975年)『泰安洋行』(1976年)
吉沢典夫 『PARAISO』(1978年)
寺田康彦 『S・F・X』(1984年)『Medicine Conpilation』(1993年)
飯尾芳史 『PHILHARMONY』(1983年)『Omni Sight Seeing』(1989年)
原口 宏 『FLYING SAUCER 1947』(2007年)『HoSoNoVa』(2011年)
原 真人 『Heavenly Music』(2013年)
「フル・ヴォリュームで車で音が割れなければ、いいミックスだなと思う」(細野)
細野:吉沢さん、田中さんとはあまりプライベートなことは話さなかったから、この本で話が読めたのは印象的だったね。
鈴木:本の中で、吉沢さんが録った細野さんのベースの音を気にしてたでしょ?
細野:そうだったね。
鈴木:「もっとコミュニケーションとればよかった」っていうのはすごく言ってた。
細野:全然気にしてなかった。OKだったよ。
鈴木:「OKでしたよ」って言ってあげればよかったのに(笑)
細野:言わないだろ、それは(笑)。昔はそんなことは言わなかったよ。
鈴木:プレイバック聞いて「うん」とか言ったりはしてたでしょ? それも言わないの?
細野:自分の神経は、もっぱらミスとか、自分のリズムが悪いとかが気になってて、そこを直していくので精一杯だったからね。
鈴木:たぶん「まあ、いいか」って細野さんは言っちゃってたんですよ。
細野:そうかなあ。
鈴木:吉野さんも「細野さんのリアクションは鈍い」って言ってました。「それ、照れてるんじゃないですか?」って言っときましたけど。僕が言うのもおかしいんですけどね(笑)
細野:まあ、「できちゃったものは仕方ない」というのが、僕のやり方なんだよ。
鈴木:それって不思議なことなんですよ。
細野:そうかな?
鈴木:「できちゃったものは仕方ない」って、ミュージシャンとしてはかなり不思議な人ですよ(笑)
細野:10年くらい経つと、いいか悪いかわかってくる。それまではあんまりわかんないよ。
鈴木:10年経つと、だいたい良くなってないですか?
細野:まあ、ほとんどよくなってる。でもね、自分でやったミックスがダメだね。気に入らない。
鈴木:今でも?
細野:「あのときこうすればよかった」とか、自分の作業の手順がわかってるからさ。まあ、ミックスってそういうものだからね。どこかでやめなきゃいけない。
鈴木:吉野(金次)さんに細野さんが「ミキサーはアーティストだ」って言ったの、覚えてますか?
細野:吉野さんを見るとそう思うんだよね。僕なんかより、よっぽどアーティストだよ。
鈴木:え? それはどういうこと?
細野:吉野さんはピアノを弾くでしょ?
鈴木:アレンジもしますよね。
細野:クラシックが好きだし、聴きながら指で指揮が始まっちゃう。すごい陶酔して指揮してる姿を見てて「あ、この人はアーティストだな」って思うようになったね。
鈴木:吉野さんは細野さんに「ミキサーはアーティストだ」って言われたのはすごく大きなことだったみたいで、なかなかそんなことを言う人は70年代にはいないですよ。
細野:人間だからそれぞれ特徴があるわけでね、吉野さんを見るとそう思うし、田中さんを見ると、職人と思う。お弟子さんがいっぱいいそうなね。人それぞれかなと思うし。吉沢さんは、なんだろうな、ちょっと歴史的なエンジニアというか。
鈴木:吉沢さんはアメリカのキャピトル・レコードとかでスーツ着て働いてる人みたいでかっこいいなと思いました。音もシャープでドライでアメリカっぽいなと思いましたし。
細野:そう。初めてALFAのスタジオに行ったときに、ウェストレイクのでっかいスピーカーですっごい音を出してて、それを出してたのが吉沢さんだった。壁に埋め込まれたスピーカーで重低音がよく出る。それを初めて聴いたんだ。それまで使ってたのは“銀箱”って呼ばれてたアルテックのスピーカーだった。それは低域があまり出ない。
鈴木:解像度も低くて、音がもやもやしてる。今となってはあれもいいんですけどね。
細野:当時は「地味だな」と思ってた。あの音の悪さが実はミソなんだけどね(笑)。70年代にクラウン・レコードでやってて、最初は銀箱だったけど、田中さんがスピーカーをJBLにした。そしたら急に音が派手になった。エコーがよく効くんだ(笑)
鈴木:それで、田中さんが「やまびこおじさん」って細野さんに呼ばれることになっちゃった。
細野:こっちは愛情込めてそう呼んでたんだけど、やっぱり傷ついてたんだね。
鈴木:傷ついてたというか、気にしてたんですよ(笑)
細野:ごめんなさい(笑)。とにかく、ALFAのウェストレイクは、ちょっと次元が違う音だったね。レンジが広すぎて、よくわかんなかった。あのときの体験で、大音量ファンになっちゃったのかな。ちっちゃい音のモニターでミックスしてる人もいるけど、僕はダメなんだよね、でっかくないと。
鈴木:細野さんがでっかい音で作業してるのを僕も何度か見たことありますし、細野さんの車に乗せてもらうと、すごい低域でオハイオ・プレイヤーズを聴くという苦行が待ってるんですけど(笑)
細野:苦行かなあ?
鈴木:「あれでミックスのチェックしてる」って言ってましたよね。
細野:そうそう。フル・ヴォリュームで車で音が割れなければ、いいミックスだなと思う。でも、車が変わって、音が前のと違ってダメなんだよね。オーディオの種類が違って不満なんだよ。すごい大事なことなんだよ、あの音が。でも車を停めたまんま大音量でチェックしてると通報される、夜中だから。
鈴木:前、一回怒られたでしょ?
細野:「Pistol Packin' Mama」って曲のミックスをコンビニの前でチェックしてた時ね。
鈴木:コンビニの前で、って、それ不良じゃないですか(笑)
細野:大音量でやってたら警官が来てね。
鈴木:それ、ツッパリですよ!(笑)
細野:車が変わっちゃったんで、今後それができるかどうか、だけど。
鈴木:あー(笑)
細野:ベースとトレブルとか、ブーストとかの周波数が違うんだ。今使ってるのはそれが全然よくない。ブーストはクラリオンのがいいんだよ。
鈴木:意外! そんなこと言ってる人いないですよ(笑)