最速詳細レビュー! 宇野維正が『宇多田ヒカルのうた』を全曲解説
4.「Movin’on without you」浜崎あゆみ
椎名林檎同様、1998年デビュー組の一人である浜崎あゆみ。言うまでもなく、浜崎あゆみにとって宇多田ヒカルは、2001年の『Distance』と『A BEST』の同日発売対決を筆頭に00年代を通じてチャート上で火花を散らし合ってきた最大のライバル。そんな浜崎あゆみが選んだのは、《Nothing’s gonna stop me / Only you can stop me》(何も私を止められない。あなた以外には)という歌い出しさえ意味深に響いてくる「Movin’on without you」。プロデュース&ミックスを手がけているのは、レディー・ガガ、ニッキー・ミナージュ、ピットブル、ジェニファー・ロペスなどの作品でもお馴染み、RedOne Productionのヨハン・サイモンとトレヴァー・ムジー。宇多田ヒカルの楽曲の中でも屈指のアップリフティングチューンを、さらにバッキバキなEDMチューンに完全武装させている。高音まで気持ちよく突き抜けていく、いつになく伸びやかなその歌声も印象的。
5.「Flavor Of Love」ハナレグミ
昨年リリースされたカバーアルバム『だれそかれそ』も大評判だったハナレグミ。ハナレグミにとって十八番とも言えるアコースティックでスローなじんわりとくるカバーと思いきや、中盤のホーンのパートが時空の歪むような異化作用をもたらして、原曲の深淵な歌世界の奥底へと潜りこんでいく。『だれそかれそ』にも参加していたYOSSY LITTLE NOISE WEAVERのYossy(ピアノ)とIcchie(トロンボーン、フリューゲルホーン)がゲスト参加。
6.「FINAL DISTANCE」AI
もともとの原曲が、2001年のアルバム『DISTANCE』のタイトルトラックを宇多田ヒカル自身がバラードにリアレンジ(ストリングス・アレンジは斉藤ネコ)した、言わばセルフカバー曲である「FINAL DISTANCE」。それもあってだろうか、テンポ感、サウンドともに、本作の中でも最もオリジナルに忠実なアレンジの一曲。もっとも、後半の盛り上がりのところで情感を込めたコーラスを多層的に重ねていった瞬間、一気にAIならではの歌の世界が広がっていく。
7.「Be My Last」吉井和哉
カバーソングを評する際の最大の禁句は「オリジナルを超えた」という表現だが、ついそんな表現が頭の中にチラついてしまう、吉井和哉によるど直球のカバー。先月、自身にとって初となるカバーアルバム『ヨシー・ファンクJr. 〜此レガ原点!!〜』をリリースしたばかりの吉井和哉。ソロ活動をスタートさせてから10年の節目に、タイトル通り自身の原点となる60年代後半〜80年代前半の昭和歌謡/ポップスへと回帰したその作品からダイレクトに繋がる、原曲への愛と理解とリスペクトの圧倒的な熱量。この真摯なカバーを聴くと、「昔、同じEMIに在籍していたころ、宇多田さんを意識して『CALL ME』という曲を仕上げました」(本作に寄せた公式コメントより)というYOSHII LOVINSON時代の意外なエピソードもより感慨深い。
8.「光」LOVE PSYCHEDELICO
同じ時代に一世を風靡しながらも、これまでほとんど接点がなかった宇多田ヒカルとLOVE PSYCHEDELICO。しかし、今からすると、あの時代の宇多田ヒカルのリスナーとLOVE PSYCHEDELICOのリスナーには、間違いなく共通する「気分」があったように思う。「これぞLOVE PSYCHEDELICO!」なモダンでありながらクラシックでもある魔法のようなアレンジで、KUMIが気持ち良さそうに歌い上げる「光」を聴いていると、そんな当時は言葉にならなかった「気分」が目の前で「実体」として浮き上がってくるような不思議な感覚に包まれる。