磯部涼×中矢俊一郎「時事オト通信」第2回(中編)

『ホットロード』主題歌の尾崎豊はアリかナシか? 不良文化と音楽の関わりを再考

磯部「主題歌に尾崎豊を選んだというのは、それだけで批評的だし的確」

中矢:ただ、エンディングでしか流れなかったですよね。監督の三木孝行は『ソラニン』(2010年)を撮っている人で、あの作品では劇中のバンドが奏でる曲をASIAN KUNG-FU GENERATIONが提供していました。映画としての評価はさて置きますが、そこには、浅野いにおの原作も含めたいわゆる厨二病的な表現とそれらを支持する若者たちの存在意義を確かめられる、音楽的な仕掛けがあったように思うんです。だから、今回の『ホットロード』で「OH MY LITTLE GIRL」を主題歌にすることに異論はないものの、「なぜヤンキーは尾崎豊に惹かれるのか」がもう少しわかるような、あの曲のより効果的な使い方があったんじゃないかと。

磯部:実際、尾崎豊の曲を使ったことに関しては賛否両論あるよね。「当時の暴走族は尾崎なんて聴いてない」とか「『ホットロード』に影響を受けて藤井郁弥が詞を書いたチェッカーズ“Jim & Janeの伝説”の方が良かった」とか。ただ、尾崎自身、紡木たくのファンだったんだよね。『机をステージに』が本棚にあったっていうし。同作で重要な曲として登場するのは、RCサクセションの“スローバラード”だけど。

 そういえば、11月に、僕が監修を、中矢が編集を務めた『新しい音楽とことば~13人の音楽家が語る作詞術と歌詞論』(SPACE SHOWER BOOKS)っていう書籍が出るんだけど、そこでインタヴューさせてもらった湘南乃風の若旦那も、不良だった高一の時に尾崎豊を聴き始めて、今でもカラオケで歌うって言ってた。そして、そんな彼は尾崎の魅力を以下のように語っている。

――尾崎豊の引っかかる部分というのは何だったんですか?
若旦那 それは完全に詞ですね。まあ、メロディもすごく美しかったけど……、なんだろう、尾崎豊をカラオケで歌ってると、尾崎豊になれちゃう自分がいて。
――尾崎の詞の一人称に自分を重ねっていたと。
若旦那 自分から尾崎の世界観に入り込んでいくというか……。俺は不良だったから、強さにメチャクチャこだわってたガキだったんです。でも、どこかで弱い自分を探してたんだと思うんですよね。たぶん、尾崎豊に自分を投影することで、「自分の弱さって何なんだ?」とか、仲間には見せられない部分と向き合えたんじゃないかな。で、俺はいろんな歌詞を「ここは共感できる」とか「ここは共感できない」とか聴き分けたりするんだけど、「この尾崎は好き」「この尾崎は嫌だ」みたいな感じで聴いてましたね。
――普段、見ないフリしているような自分の弱さに、尾崎豊を聴いたり歌ったりしているときは向き合えたと。
若旦那 そうそう。普段はジャイアンみたいな感じで生きてきたから。でも、やっぱり喧嘩とか暴力とかの中には恐怖があるじゃないですか。あと、社会に出ていく恐怖。社会的地位とカネにものすごく翻弄された高校生だったので、「自分はこれから何者になるんだろう?」と。それは尾崎豊も悩んでたことだから、オレも一緒に苦しんでるような感覚だった。
(『新しい音楽とことば』より)

 若旦那は尾崎豊を聴くことで、強がっていた自分の弱さと向き合えたと。そして、紡木たくも、まさに当時のヤンキーというか社会から外れて生きている若い子たちの弱さに寄り添うような作家だったよね。だから、『ホットロード』の映画化にあたって、主題歌に尾崎豊を選んだというのは、それだけで批評的だし的確だと思うんだよな。

中矢:尾崎豊は92年に亡くなってからもファンを抱えていると思いますけど、愚直に社会への反抗を表した彼の歌詞は、スノッブな人たちやコアな音楽リスナーの間では“恥ずかしいもの”や“前時代のもの”として相手にされず、長らく正当に評価されなかった印象があります。

磯部:僕が00年代前半に尾崎豊についての原稿を書いた時も、「尾崎が如何に時代的に“アウト”か」っていうようなテーマだったな。当時のバンドにしても、ガガガ・SPがその名も「尾崎豊」(01年)って曲で「お前の歌はバカバカしいんだよ/自由が欲しいとバカバカしいんだよ/ライヴで骨折した所で/自由なんて来やしない/盗んだバイクで走る前に/割ったガラスを弁償しろよ」なんて歌ったりしてる。ネットでも厨二病の代表みたいに扱われてたし、氣志團の引用も“アウト”だからこそ効果的だったんだろうしね。ただ、それがいつの間にかまた“イン”になったような感じがあるんだよね。個人的には、79年生まれのシンガーソングライターで、00年代後半から人気が出始めた前野健太から、ネタとかじゃなく、真剣に尾崎の良さを説かれて、改めてその才能に気付いたんだけど。

 例えば、セカンドの『回帰線』(85年)に入ってる「ダンスホール」とか今聴いても、というか今聴いてこそハッとするようなところがある。同曲は、ディスコで夜遊びをする不良少女の哀愁を歌った、まさに『ホットロード』的な名曲で、よくカヴァーもされてるけど、あれって、現在のクラブ規制に繋がる84年の風営法大改正のきっかけのひとつにもなったと言われる、いわゆるディスコ殺人事件っていう、家出少女が繁華街でナンパされた末に殺された実際の事件がモデルなんだよね。そう考えると、曲の中の、フロアで踊る少女を見つめている視点は犯人のものなんじゃないかってゾッとするでしょう。

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