栗原裕一郎の音楽本レビュー 第3回:『噂のメロディ・メイカー』
ワム!には日本人ゴーストライターがいた? 西寺郷太が「ノンフィクション風小説」で描く真実とは
噂のゴーストライター
さて、西寺がサトウさんから聞き出したのは次のような内容だった。すでに触れたように「噂のメロディ・メイカー」は成瀬彰一郞、ナルショーなる人物である。
サトウさんとナルショーは大学時代に一緒にバンドをやっていて、デモテープを作ってヤマハのポプコンに応募していた。当初作詞作曲はサトウさんが担当しており二度応募したが引っかからなかった。ナルショーは音楽的野心も技術もそれほどない男だったのだが、最後の落選から1年後、もう一度挑戦してみようと初めて自作した曲を持ってきた。ナルショー初の作品は、ギターでの弾き語りをカセットで録っただけのお粗末なものだったが、メロディはずば抜けていた。
サトウさんが詞を乗せバンドでデモテープを作ってポプコンに送ると、今度は即座に連絡が来た。ポプコンの審査員と名乗るその男の申し出は、しかし、入選の知らせではなかった。
サトウさんの歌詞を外して、ナルショーのメロディだけ自分に預けてくれないかというのだ。
サトウさんは屈辱に打ちひしがれながらもナルショーに話を繋いだ。ナルショーは、わかった、連絡してみると答え、サトウさんは音楽から足を洗った。
半年後に再会すると、ナルショーはすでに作曲の仕事を始めていた。聞くと、審査員と名乗った男は本当は別の組織の人間で、その組織はメロディのエージェント、ブローカーのような業務をしているのだという。日本中のメロディ・メーカーつまりゴーストライターたちからメロディを集めてストックし、それを世界中に売っているのだと。
ナルショーは大学卒業後、地元の香川に戻りそこでゴーストライター業を続けた。数年で巨額を手にして、ポルシェやフェラーリを何台も買ったり乗り替えたりしていたという。
本当だとすれば話はワム!に限らない。世界中のビッグアーティストが、無名の日本人の手によるメロディを、自作曲として発表し大ヒットさせていた可能性があることになる。
噂は最初「ラスト・クリスマス」はナルショーが書いたということだったが、西寺は、自分の集めてきた情報やそれに加えた分析、そして直感から「それは違う」と断じる。しかしゴーストライターがいた可能性自体を捨て去ることはできかねていた。というのも、西寺自身「これは日本人が書いたものじゃないか!?」という疑念を抱いていた曲が、ワム!には2曲あったのである……。
ワム!が過小評価されていることへの憤り
ここまでがいわば導入部だ。
西寺が連載を開始したのは2013年1月、噂を初めて聞いてから5年が経っていた。サトウさんに面会したのは噂を知った3年後だ。
「この話が事実ならば、どえらいことだ。何年かかっても必ず研究し、世の中に訴えよう」と暖めていた西寺の背中を押したのは、水道橋博士だった。自分のメルマガに何か書きたいことない? と博士に打診された西寺は、ついに時期が来たと打たれたように感じ、「メールマガジンという場で世間に進歩状況を訴えながら『公開捜査』のような形で進むのは、このテーマにとってアリかも」と執筆に着手することを決意する。つまり、連載を始めた時点では、ネタが完全にあがっていたわけではなかったのだ。