濱野智史の地下アイドル分析(第3回)

「顧客対応は大企業よりも優秀」サービス業化する地下アイドルが日本社会を変える!?

HKT48『メロンジュース』(ユニバーサル・シグマ)

 アーキテクチャの視点からネット環境を分析する気鋭の批評家/社会学者で、近年はAKB48をはじめとするアイドルに関する著作や発言も増えている濱野智史氏が、地下アイドルシーンの魅力とその特徴を語り尽くす集中連載第3回。最終回となる今回は、自身の体験をもとにファンの行動原理を詳しく分析しつつ、アイドルによるファンサービスの高度化が日本の産業構造の変換を先取りしている話など、日本社会においてアイドル文化がどのような意味を持つのかをじっくりと語った。

第1回:「僕はAKBにハマりすぎて、地下に流出した」社会学者濱野智史が案内する、地下アイドルの世界
第2回:CD1000枚購入の猛者も…ファンを虜にする地下アイドルの“ゲーム的な仕掛け”とは

――『地下アイドル潜入記 デフレ社会のなれのはて』の後半には、ヲタの人たちが何しろ楽しそうで、コストパフォーマンスを重視して市場を謳歌しながら共同性も体験する……という地下アイドルの現場が、“現代のデフレ日本社会への適応形態”だと書かれています。

濱野:そうですね、地下アイドルのファンはとにかく「コスパ」に敏感です。同じアイドルが出る現場でも、2000円か1000円かでは全然集まりが違う(笑)。たかが1000円の差じゃないかと思うわけですけど、まあ地下アイドルオタクの大半は毎日どこかしらの現場に行っていますから、ちりも積もればということでめちゃくちゃコスパにシビアなんですよね。

 でも、コスパを重視するというのは、決してお金を使わないということではない。これはアイドルオタクにかぎらずオタクってそういうものですけど、ハマればハマるほど、使う金額が増えていくんですよね。僕もAKBにハマった当初は握手会目当てにCDを3~4枚買っていたのが、10枚になって、50枚になって、最終的には200枚近くなって……と(笑)。ここまで行くと、もう一日で回れる限界まで握手券を買っている感じになる。
 
 そしてAKBから地下に潜るようになると、まず驚くのは握手にかかるコストが“安い!”ということなんです。例えば、AKBだったら10秒話すだけで1000円なところが、地下アイドルだと1分以上喋れるとか、メンバー全員と20秒ずつ喋れるとか、そんなのはザラです。いままで10秒に1000円払っていたのはなんだったのか、と思わざるをえない。

 ただ、地下アイドルだからといってお金がかからないわけじゃないんですよね。なにせ毎日のように会いに行けるわけですから、一つひとつの現場は安くても、通えばしっかりお金がかかります。例えば一緒にチェキを撮れば高くて3000円、安くても1000円くらい。対バン形式の現場だったら、目当てのアイドルが10分しか出番がなくても3000円とか4000円かかることもザラです。また、たいていどのグループもCDを出すと売り上げの目標設定をしているので、ヲタもそれに引っ張られて“がんばってお金を使う”ということになる。

 だから普通の人の感覚からすると、“コストパフォーマンス重視”と言っても意味不明でしょう。そもそもアイドルにお金をつぎ込んでる時点で、別に実際に付き合えるようになるわけでもないんだし、かけたお金に見合う「見返り」がないように見えるでしょうから、「パフォーマンス」を重視しているようにはとても見えないはずです。

 でも、そうじゃないんですよ。地下アイドルの場合、やっぱりお金は使えば使っただけ、「太ヲタ」といって、“ああ、この人は私のファンでちゃんとお金を使って支えてくれてる!”と認定されるようになるから、それだけレスも来やすくなったりとか、おいしい思いがちゃんとできる。お金を使っただけダイレクトに効果が出るんです。だからこそ、効率的にここぞというところでお金は使いたい。たとえば『地下アイドル潜入記』で書いた例だと、HKT48のみおたす(朝長美桜)というメンバーとの処女写メを撮って自慢したいから、金はなくても博多まで遠征する、でもホテルには止まらず野宿する、とか(笑)。切り詰められるところを切り詰めて、使うときは使う。切り詰めるだけ切り詰めても、別に貯金をするわけじゃなくて、いまこの瞬間の現場で「高まる」ために、要するに絶頂感を味わうためにこそお金を使う。

――つまり、お金を効率的に使っているということですね。

濱野:そういうことですね。まあいまこの瞬間だけのためにお金を使っているわけではなくて、それこそ“将来的にこのグループは人気が高まりそうだから、今のうちに転売用にCDをたくさん買っておこうかな”と、まさに投資のような感覚を働かせて、地下アイドルをウォッチしている人も多いです。

 それでも、普通の人から見れば異常なことに見えるんでしょうね、アイドルにお金を使うなんて……。そんなお金があったら、自分に投資するか、将来が不安だから節約して貯金する、というのがまっとうな人の感覚かもしれない。

 でも、そうじゃない人もいるんですよね。社会学者の古市憲寿さんが言う“絶望の国の幸福な若者たち”に近い話ですが、日本社会の将来なんて絶望的で、“どうせこの先、いいことなんて何もない”と割り切っているからこそ、いまこの瞬間を楽しもうという感覚になる。このある種の刹那主義が、アイドルとすごく相性がいいんです。

 アイドルという存在自体、もともとは大人になっていく過程の“さなぎから蝶へ”という、瞬間的・刹那的な美なのであって、永遠に続くものではない。だから刹那主義的な消費とものすごく相性がいいんです。あと、アイドルヲタの中にはいわゆる“ロリヲタ”と呼ばれる人たちがいて、彼らは永遠の美少女を求めては、アイドルがちょっとでも成長して大人びてしまうと、“ビッチ化した”などと言って乗り換えを続けています。酷い話ですけど(笑)。でも、アイドルオタクになって周りのロリオタの生態を見るようになって分かったのは、ロリオタってのはガチの異常性愛者というより、“今この瞬間の美を追いかけ続ける”というアイドルオタクのゲーム的特性を突き詰めた結果、ロリという解に行き着いた、ということなんですよね。

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