>  > 松江哲明の『ぼくのおじさん』評

松江哲明の“いま語りたい”一本 第10回

松江哲明の『ぼくのおじさん』評:松田龍平の“おじさん”は現代のアウトロー像

関連タグ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

おじさんは東映映画の系譜に連なる“アウトロー”

 僕はこの作品が“東映”映画なのが非常に面白いと思いました。古くは『日本侠客伝』や『昭和残侠伝』、『仁義なき戦い』や『トラック野郎』など、いわゆるアウトローな人物たちの物語を、東映は世に送りだしてきましたが、近年の東映作品にはアウトローやアンチモラルな人間は描かれていなかったんです。でも、松田龍平さんが扮したおじさんこそ、現代の“アウトロー”像なのかもしれないと思ったんです。

 アウトローと言うと、政府への反抗、社会への抵抗、そこにつきまとう暴力や犯罪など、危険なイメージがあるかと思うのですが、おじさんはそのイメージとは真逆です(笑)。でも、現在の社会の中では、大学の非常勤講師をやってはいるものの、まともな仕事はせず、万年床でダラダラと過ごし、兄夫婦の家に居候するおじさんの生き様こそが、究極の“アウトロー”と呼べるのかもしれない。今は「一億総活躍社会」が国のテーマとして掲げられる時代じゃないですか。そこに、活躍とは無縁のこのおじさん像。ほのぼのとした映画でありながら、ある意味、東映らしい映画になっていると思いました。

20161103-bokunoojisan-sub3.jpg

 

 そして、この現代版東映アウトロー映画を作ったのが山下(敦弘)君だったのも面白い。『ぼくのおじさん』は山下君がこれまで作ってきた作品の要素が見事に折り重なっています。おじさんに象徴的な、山下映画に欠かせない“ダメ男”、そして“子ども”。一般的には『天然コケッコー』ぐらいのイメージしかないかもしれないですが、自主映画時代から子どもものは山下君の得意とするジャンルです。大失敗作と言われている(笑)『よっちゃん』という大阪守口市のみで上映された自主映画や、伊坂幸太郎さんとのコラボレーションの『実験4号』など、実は子どもを描くのがずっと好きで、キャリアのポイントで扱ってきています。

 9月に公開された『オーバー・フェンス』は山下君の紛れもない新境地であり傑作です。山下君とは同じ年にデビューして、去年は共同監督として『山田孝之の東京都北区赤羽』を作りました。自分の中では、常に横に並んでいる存在と思っていた山下君がついに“大人の映画”を撮った。それによって、自分自身も、ああ、俺もおっさんになっているんだなあとしみじみ思ったんです。でも、『ぼくのおじさん』を観たら、またいつもの山下君が戻ってきてた(笑)。だから、得意なこと、楽しいことを思う存分やっているなあという気がしましたね。

山下映画特有のおかしみ

 この映画もそうなんですが、山下君の映画は映っている人がみんな楽しそうなんですよ。山下君が役者をよく見ていることが分かるし、役者も見られて嬉しそうだなという空気が伝わってくる。おじさんが居候している春山家の雰囲気が面白いですよね。おじさんの兄を演じる宮藤官九郎さんって、決して、ちゃんとしている大人像ではないじゃないですか。なのに、松田龍平さんのおじさんがあまりにもダメ過ぎるから、この映画ではすごく立派な大人に見える(笑)。

 山下君は、複数の人物を横に並べてワンショットで捉えるのが日本一うまい監督だと思っています。春山家やハワイパートでの食卓シーン、おじさんと甥っ子・雪男との会話シーンなど、ワンシーンの中に起きる独特の間、役者の呼吸を見事に引き出している。その絶妙なさじ加減が、山下映画特有のおかしみを生み出しているんだと思います。

20161101-bokunoojisan-sub2.jpg

 

 先程、『オーバー・フェンス』が大人の映画と言いましたが、『オーバー・フェンス』にはこの横位置でのワンショットがほとんどないんです。基本、縦位置での切り取り方をしている。つまり、登場人物が会話をする時は同一画面内にはいなくて、切り替えしショットを繋ぎ合わせる形でシーンが構成されているんです。山下君はこれまで編集で魅せるということをやってこなかった。それを編集で魅せる、つまり現場でコントロールできないことをやった、その事実に本当にびっくりしたんです。それが今までの山下映画にない魅力を生み出していたんだと思います。

 だからこそ、次の作品である『ぼくのおじさん』の横位置でのショットが、今まで以上にうまいなと感じたのかもしれません。本作はほとんどのシーンで二人以上の人物が画面に映っています。逆に、ソロで映る時はそれがギャグっぽくなる。例えば、運動音痴なおじさんが雪男に誘われたサッカーで、ゴールキーパーを務めるシーン。おじさんがゴールの中で、頓珍漢な動きをして次々とシュートを許し、最終的には頭をゴールバーにぶつけて失神する。それまでソロで映るショットが少なかった分、おじさんの滑稽な動きが強調されて、思わず笑ってしまうシーンになっていました。

 ただ、これは山下君にも直接言ったんですけど、ハワイパートが少し“遊び過ぎ”な気がしました。おじさんは一目惚れした真木よう子さん扮するエリーを追いかけてハワイに行きます。ハワイでは戸次重幸さん扮するエリーの元カレと、エリーをめぐって三角関係になるわけですが、おじさんが失恋する、それは映画の構造として分かりきっているじゃないですか。おじさんのラブ・ストーリーもいいですけど、もう少しサクッと失恋してくれてもよかったのかなと(笑)。

20160623-bokunoojisan-th-th-thumb-950x633-30261.jpg

 

 それこそ旅に出て失恋する、まさに『寅さん』シリーズのような形で『おじさん』シリーズを作れますよね。毎年夏になると山下君が『おじさん』シリーズの撮影をしていて、お正月に家族みんなで観られる、そんなシリーズになってほしいなあ。シリーズ化されるかどうかはその興行成績次第、というのが現在の日本映画界だと思います。でも、一作一作に限りない力を込めて燃え尽きてしまうようなものではなくて、もっと気が抜けた感じのシリーズがあってもいいと思うんですね。ふと映画館に行って、またおじさん、あの家族に会いたいなあと思える雰囲気。イメージとしては『深夜食堂』シリーズが近いかもしれない。本作に限ったものではないですが、山下君が描くキャラクターは、かつての日本映画が行っていた「プログラムピクチャー」にハマるキャラクターになっているのではないでしょうか。

 あっちゃん(前田敦子)がこの映画を褒めていたみたいなんですけど、そりゃあタマ子は褒めますよ(笑)。あっちゃんが主役の『もらとりあむタマ子』は女性版おじさんとも言える映画でしたから。仮にシリーズ化された場合、タマ子がおじさんと共演するようなことがあってもいいと思うんですよ。手塚治虫さんの作品では、違う作品のキャラクターが別の作品にも登場する同列世界として描かれていることがありましたけど、山下君のフィルモグラフィーを見ると、『ぼくのおじさん』はいろんな作品とコラボができると思うんです。タマ子とおじさんの共演、想像するだけで楽しい(笑)。

      

「松江哲明の『ぼくのおじさん』評:松田龍平の“おじさん”は現代のアウトロー像」のページです。の最新ニュースで映画をもっと楽しく!「リアルサウンド 映画部」は、映画・ドラマ情報とレビューの総合サイトです。

表示切替:スマートフォン版 | パソコン版