高野寛が語るDarjeelingプロデュース作での経験「シンガーソングライター然としたところ出せた」

高野寛が語るDarjeelingプロデュース作での経験

 今年10月にデビュー30周年を迎えることもあって、高野寛の動きが活発さを増している。昨年10月に多彩な内容のミニアルバム『Everything is Good』をリリースしたばかりだが、そこから4カ月でもう内容の濃い新作『A-UN』が出るのだ。

 『A-UN』は、Darjeeling(Dr.kyOn&佐橋佳幸)が日本クラウン内に設立した<GEAEG RECORDS(ソミラミソ・レコーズ)>からのリリースとなり、もちろんプロデュースをDarjeelingが担当。高野が矢野顕子や本木雅弘らに提供した楽曲をセルフカバーし、そこに書き下ろしの新曲を加えた内容だが、わずか3日間のスタジオセッションで完成したというこのアルバムは、シンガーソングライターとしての高野の個性と魅力が最大限に引き出されたものになっている。まずはふたりをプロデューサーに迎えた経緯から聞いた。(内本順一)

いかにカラダに沁みこませるか

ーー高野さんは、佐橋さんともkyOnさんとも、かなり長いお付き合いなんですよね?

高野寛(以下、高野):おふたりとも20年以上になります。佐橋さんは鈴木祥子さんとか、わりと自分に近しい人のプロデュースをやってらしたので、知り合ったのもデビューして間もなくだったんですよ。KyOnさんは確か90年代の半ばくらいに(高橋)幸宏さんのサポートをされてたことがあって、その頃に接近して。あと90年代後半にBO GUMBOSと対バンしたこともありました。

ーーそんな縁もあって2013年には新世界(六本木)で行われた『ダージリンの日』に高野さんがゲスト出演され、去年のDarjeelingの初アルバム『8芯ニ葉~WinterBlend』にも参加。「春が来りゃ 乙女じゃなくても 夢見がち」を一緒に録ったことが今回のアルバムに繋がったとか。

高野:そうです。あの曲を録ったときから、おふたりのレーベルでいろんなシンガーのアルバムをプロデュースして出したいという話を聞いていたんですけど、そのときはまだ具体的な話は何も見えてなくて。でもそこから急展開。僕自身、今年10月でデビュー30周年なので、今までと違うやり方を試したいと思っていました。自分でプロデュースするより誰かに任せて作りたいと思っていて、そのタイミングでいただいたお話だったので、これはやりがいがあるなと。

ーーおふたりが立ち上げたレーベルからリリースすることの意味も大きかった。

高野:そうですね。初めに佐橋さんから説明を受けて、「なるほど」って思えたところがあった。以前、クラウンに<PANAM>というレーベルがあって、70年代にティン・パン・アレーとか細野(晴臣)さんのソロとかを出してました。その流れを汲んだレーベルにしたいとおっしゃってたんです。そこで僕なりに70年代のセッションミュージシャンたちによるシンガーソングライターの音の世界みたいなものをパッと連想して。ティン・パン・アレーがやってた小坂忠さんのアルバム(『ほうろう』1975年)のようなイメージをすぐに共有できた。そこに挑むのは自分にとって意味のあることだし、新しい挑戦だなと思えたんです。

ーーなるほど。佐橋さんとKyOnさんと一緒に作るということは、全編生演奏にこだわることでもあるわけですよね。

高野:今ではそういうふうに作られる音源もかなり少なくなってきてますからね。やれる人も限られてるでしょうし。まあ、絶滅危惧種というか(笑)。だから、それも自分にとっての挑戦かなと。今回は99パーセント、人力ですね。ごく一部、(屋敷)豪太さんの作ったループを入れてるだけで、あとは全部人力。人の温もりとか、演奏そのものの妙を楽しんでもらいたいアルバムでもあるので。

ーー大先輩であるおふたりの力を借りながら、高野さんもそういう作り方を本気で楽しんだ。

高野:うん。僕はもともと宅録系なので、初めの頃はライブをちゃんとやるってことだけでもずいぶん苦労してたんですけど、だんだんとスタジオのセッションでもそういう凄腕の先輩たちとやれるようになった。今回参加してもらったなかでは、高桑(圭)くんがたぶん僕と同じ気持ちじゃないかな。高桑くんのいたロッテンハッツの2ndアルバム(『Smile』)をプロデュースしたのが、実は佐橋さんだったので。かつては高桑くんや僕のような新人と、佐橋さんやKyOnさんや豪太さんのようなバリバリの凄腕ミュージシャンという関係性だったのが、キャリアを重ねてきたことで今では同じ土俵でできるようになりました。

ーー高野さんのなかで、今回のレコーディングのように「せーの」で音を出す自信がついた感覚をもたれたのは、いつぐらいなんですか?

高野:ここ数年でしょうね。一発録りを初めてトライしたのが2014年の『TRIO』というアルバム。ブラジルに行って、ブラジルのミュージシャンたちとまるまる録ったんですけど、それが大きかったかな。とはいえ、そのときは音のぶつかりあいみたいな演奏ではなくて、まだ雰囲気重視というか。もうちょっとこうユルい気持ちで臨んだものだったし、歌もラフだったんです。それに対して今回は選曲が決まった時点で、“これはだいぶハードルが高いな”と思った。楽しそうだなって思うのと同時に、自分のカラダにあんまり入ってない提供曲のセルフカバーが大半なので、それをいかにカラダに沁みこませるか、1カ月くらい自主トレをしましたね。ライブのリハーサルみたいに。

ーー戦いに臨む感覚。

高野:うん。じゃないと、レコーディングを楽しめないと思ったので。

ーーそれ、(GEAEG RECORDSの第1弾として、Darjeelingのプロデュースでアルバム『ハレルヤ』を発表した)川村結花さんもおっしゃってました。レコーディングの現場はジョークばかりが飛び交ってすごく楽しいんだけど、そこにもっていくまでの準備段階がやっぱり相当大事だったし、緊張もしたと。

高野:そうなんですよ。だからスタジオでやってる体(テイ)で、イメトレみたいにひとりで練習したり。レコーディングまでにひたすら歌とギターの精度をあげていった。その分、スタジオに入ってからの本チャンのレコーディングは本当にスムーズで、ずっとハッピーな空気でした。CDのトレイ部分にスタジオ風景の写真が入っていて、写真をセレクトしてみたらみんな笑ってる顔しかなかったんですよ(笑)。

ーー高野さんはもともと宅録からスタートしてます。サウンドの完成図をイメージして、そこに向けて音を重ねて作りこんでいくやり方をしていたわけですが、相手と音で会話しながら作りたいという気持ちが芽生えるようになったのには、何かきっかけがあったんですか?

高野:5枚目のアルバム(『th@nks』)くらいからそういうトライを徐々にやるようにはなっていたんですけど、大きく変わったのは21世紀に入ってライブの本数が圧倒的に増えて、ツアーでいろんなところを回るようになってから。それまで感じていたライブに対するヘンな緊張がなくなって、心底楽しめるようになったのが大きいんです。前に元THE BOOMの宮沢(和史)くんのソロワークで、13カ国くらい海外ツアーをしたんですよ。中米だったり東欧だったり、機材も満足じゃないところでギタリストとして演奏したんですけど、言葉も通じないアウェイなので、まずは自分たちを知ってもらうところから始めて、どれだけノセられるかまでもっていく。それを乗り越えた経験がすごく大きくて。精神的なことだけでなく、単純にギタープレイヤーとしても成長できた。それを自分のソロワークに持ち帰って、前より自由に弾けるようになったギターの上で歌うっていうことができるようになったのが、この10年くらいかな。

ーーそれを踏まえて、今回はまさしくタイトル通り「A-UN」(阿吽)の呼吸を互いに感じ合いながら楽しんで演奏した。そこを一義としながら作ったわけですよね。

高野:うん。誰かと一緒にやって、気持ちを合わせることが大事だなって。ひとりであれこれいろんな音を重ねるのは、結局ギター1本じゃ勝負できないから飾りをつけるというような面もあったと思うんです。でもギター1本で歌ってそれで成立するという自信がつくと、そこにパーカッションが加わるだけでもすごく楽しくなるわけですよ。今回はまさにそういうなかで、まな板の上に乗せてもらって、自分は歌に専念することができた。

ーーギタリストとしての自分とボーカリストとしての自分というところに集中できたと。

高野:そうですね、歌の表現を前より深められた気がします。歌に関してはかなり研ぎ澄まされたものを残せたんじゃないかと。インスト曲ではギタリストとしてのプレイもしっかり残せたし。

ーー今回、ガッツリ組んで作られて、改めてDarjeelingのふたりのプロデュース力をどのように感じられました?

高野:佐橋さんとkyOnさんのバランスがすごくいいんですよ。ふたりの守備範囲は微妙に違うけど、ふたりともアメリカの音楽が軸になっていて、その懐の深さがやっぱりすごいです。なおかつ、音を聴いただけですぐにわかるプレイの個性が強力にある。「Salsa de Surf」はソロも含めて一発なんですけど、ソロまわしのときに佐橋さんがやったフレーズに、間髪入れずアドリブでkyOnさんが合いの手を入れてくる。あれは僕には入れない領域ですね。

ーーふたりともプロデューサーでありながら、その前に一級のプレイヤーである。日本にはほかに類のないチームですよね。

高野:うん。ふたりでっていうのは日本だとほかに思いつかないですね。すごく作業が早いけど、妥協は許さないし、もしかしたらほかの現場ではこのくらいのテイクでOKになってるだろうなってクオリティの演奏でも、“何かが物足りないね。じゃあその何かってなんだろう”って一緒に考えて、ほんのちょっとだけテンポをあげることで解決したり。これをOKにするのかNGにするのかっていう基準も一緒なんですよ。だからすごくハードルは高いんだけど、みんながそこに向かっていける審美眼を持っている。

ーーその高いハードルに向かっていくことが誰も苦にならないという。

高野:そうなんですよ!

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