連載「音楽機材とテクノロジー」第16回:笹川真生
笹川真生が語る、創作と音楽機材への“柔軟な向き合い方” 「何を使うかじゃなくて、何を作るかでしかない」

笹川真生は今最も特異な立ち位置を築いている音楽家のひとりだ。自身の名義で作品を発表する傍ら、作家としても活動。バーチャルシンガー・理芽のメインコンポーザーとしても存在感を発揮し、2020年発表の「食虫植物」はTikTokでのバイラルをきっかけにYouTubeで5,000万再生を超えるヒットを記録している。理芽が所属するバーチャルシンガーユニット「V.W.P -Virtual Witch Phenomenon-(以下、V.W.P)」が主演するTVアニメ『神椿市建設中。』のOPテーマとなった新曲「歌姫」も笹川の手によるものだ。
オルタナティブに歪んだドラムサウンドをシグネチャーとし、確固たる美意識を貫きながらも、どこまでも人懐こいポップさも持ち合わせる。2025年4月にリリースされたアルバム『STRANGE POP』は近年の先端的なエレクトロニックミュージックからの刺激も窺える、その美意識の極みを示すような大作となった。
2010年代半ば、ボーカロイドを使った楽曲を投稿するところからスタートし、現名義での初作品をリリースした2019年にはリアルサウンドのインタビューにも応じてくれた笹川。そんな彼は、現在の音楽とテクノロジーの関係をいかに見つめているのか。「弘法筆を選ばず」の言葉がぴったりな機材との向き合い方から見えてくるものが確かにあるはずだ。(北出栞)
Abletonの導入と制作環境を変化させること
――(デスク周りの写真を見て)Ableton『Push』がありますね。いつ頃から使っているんですか?
笹川真生(以下、笹川):今年の3月くらいですね。Ableton『Live』自体は12になった時点で購入していて。その当時、最近気になる音楽を作ってるなって思った人たち――ウ山あまねくんとか、原口沙輔くんとか――がみんな『Live』を使っていたので試してみたら、なるほど、これは『Live』に付いてるプラグインが狂気的なんだなと。出音もそれまで使っていた『Studio One』とは全然違うし、これはマスターしたいなと思ったんですけど、なかなか操作感が違って。右と左も違うし、字も小さいしみたいな。それで形から入ろうと思って、『Push』を導入したという流れです。ライブでも使えますしね。
――実際、Ableton付属のプラグインで触ってみて、これはすごいなと思ったものは。
笹川:『Roar』ですね。およそオフィシャルが提供しているプラグインとは思えない音がする(笑)。でも『Roar』が出たタイミングは、自分がAbletonユーザーで注目してた人たちがすでにすごい音を出していて、あれはおそらく『Saturator』だったと思うんですよね。いずれにしてもランダム性があって、予期してないことが起こるので、システマティックになりすぎないのがいいなと思いますね。
――写真の中でずっと愛用してるアイテムはどれになりますか。
笹川:「マクロパッド」は結構前から使ってます。左手デバイスで、日本では買えないやつなんですけど。1個は映像を作る時に使ってて、もう1個は、DAWの操作に使うって感じですね。オーディオインターフェース(APOGEE『Symphony Desktop』)は最近新調しました。
――モニター用の機材についてはいかがでしょう。
笹川:スピーカーはFOCALの『Shape 65』です。元々EVE Audio『SC205』の5インチのを使ってて、いたく気に入ってたんですけど、停電したタイミングで壊れちゃって。それで知人が譲ってくれたのがこれで、気に入って買ったというわけではないんですけど(笑)、そのまま4年近く使ってるので、今は信頼しています。あとはAppleの『EarPods』ですね。『STRANGE POP』もこの2つだけで作ってて。
――ヘッドホンも使われているようですが、『EarPods』を使うのはいわゆるラジカセチェック……ローエンドな環境で一回チェックするということなのでしょうか。
笹川:少し違いますね。自分の場合、『EarPods』で作ると結果的に良くなってるということが多くて。「解像度が低い」のがいいんですよ。解像度が高いと、「あそこも直せる、ここも直せる」みたいになって、完成させる上での推進力がなくなっていくんですけど、『EarPods』を使ってるとそれがない。進むしかないんですよね。
ただ、アルバムを作り終えてからまた提供の仕事も増えてきて、さすがにちょっと音が聴こえなさすぎるなと思って、NEUMANNの『NDH-20』を導入しました。なのでヘッドホンでチェックするようになったのは本当に最近ですね。
――『STRANGE POP』は、スタジオでレコーディングした前作『サニーサイドへようこそ』と違い、自宅で完結するミニマムな環境で作ったということですが、笹川さんにとって制作環境を変えることはどういう意味を持っていますか?
笹川:自分が「なんかつまんない曲を作っちゃったな」と感じる時って、無難に「こうしたらいいだろう」っていう自分の中のノウハウを詰めた時なんです。そうならないためには、たとえばAbletonで変なプラグインを挿して、「なんじゃこりゃ」みたいな音を使う勇気を持つことが大事だなと。そのきっかけを得るために制作環境を変えたところがありますね。
――自分の中から出てこない、向こう側からやってくるものをいかにキャッチするかみたいな。
笹川:というより、本当はできるんだけど、なんとなく封じてるものですね。たとえば自分はゲームミュージックも大好きだし、メロデス(メロディックデスメタル)も大好きなんですが、今作までなかなかそういうことをやらなかったんですよ。でもやってもいいじゃん、って気持ちを、まずデスクの上に置いておくみたいな。
――テクノロジーやツールがその助けになってくれる。
笹川:そうですね。
――リアルな楽器を弾いた時の手癖から、自分の意識に上がってこないものを引っ張ってくるという方もいますけど、笹川さんはどうですか?
笹川:ちょうど今回のアルバムの制作が始まったタイミングくらいからピアノを弾き始めて。デモ作りの際、これまではギターで置いていたフレーズを、鍵盤で置くようにしてみたんです。そうしていったら音の運び方自体が変わったりもしたので、そういう意味で、どの楽器を使うかは最終的なアウトプットに関わると思いますね。
- Gibson Custom Shop 1965 Non-Reverse Firebird V w/Vibrola
- Rickenbacker Model 360
- Ibanez QX52
――キーボードはアルバム制作時に新調したんですか?
笹川:もともとライブで使いたいなと思って、『Nord Stage 4』を買っていたんです。それ以前からMIDIキーボードは持っていたんですけど、もっぱらサウンドチェック用のインターフェースという感じで。『Nord Stage 4』を弾くようになって、ピアノのアプローチが少し肌でわかるようになったので、制作でも使ってみようかなと。鍵盤を弾く時に、どういう力の入り方をしてるのかがわかるようになると、やっぱり打ち込みの仕方も変わってくる。たとえばジャズっぽいことをするんだったら、裏拍を強く弾いたほうがそれっぽくなるとか、そういうことにも気づいたし。ツールとしてすごく便利だなと思って。
――あまりクォンタイズせず、弾いたままを素材として積極的に使った、ということですよね。「便利」というのは、そういう揺らぎみたいなものが出せるという意味でですか?
笹川:そうですね。たまたま自分が今回やりたかった、目指したかった出音の感覚を出すための最適な手段が、自分のヘナチョコの鍵盤だったっていう。これがもっとカッチリしたものを作りたいってなったら、それこそAbletonのコード機能とかで、ベロシティも全部合わせてみたいなほうが便利と感じるでしょうね。
ドラムから始まる「汚し」のサウンドメイク
――ドラムから作ることが多いと過去のインタビューで話されていましたが、今はどうですか?
笹川:今もそうですね。もちろんドラムがない曲はそうじゃないですけど。一度、こんなイメージだよなっていうBPM感とか、ビートのノリとかを決めて、2小節ないし4小節くらい作って、その上でギターを弾いたり、ピアノを弾いたり、シンセを弾いたり、サンプルを流してみたりして、イメージを膨らませていくって形が多いです。
――ドラムの音そのものに、聴いた瞬間「あ、笹川さんの曲だ」と思えるようなシグネチャーがあるとも思っていて。どういう風に作っているか教えてもらえますか?
笹川:『BFD』とか、『Addictive Drums』とか、『TOKYO SCORING DRUM』とか、そういうドラムの総合音源みたいなものを使ってキットを組んで、パラアウトしたものにエフェクトをかける、みたいなやり方をしてたんですけど、最近はDAWの中のサンプラーに単体の音源をぶち込んで、自分でオリジナルのキットを組んで、そこから曲を作り始めるみたいな感じですね。で、大体めっちゃ歪ませてます。
歪ませ方に関しては、以前はテープ系のシミュレータとかを使ってたんですけど、自分はあくまでデジタル的なダメージ――昔のYouTubeのめっちゃ音質の悪い、「MP3TUBE」って書かれてる動画の音質みたいな――が好きなんだと気づいたので、最近使ってるのはビットレート系のプラグインですね。
――曲ごとのテーマに応じて、キットを組み直しているということですね。
笹川:そうですね。でも音の汚し方の手法そのものにはあまり手数がなくて、大体いつも同じプラグインを挿してます。ただ、同じプラグインでも、汚す元の素材を変えることによってどういう汚れ方をするのかなって楽しみが自分の中でもあって。その汚し方は、一定周期で自分の流行りで決めてたりします。
――いつも挿すプラグインって、具体的にどういうものですか?
笹川:基本的にSoundtoysの『Decapitator』か『Devil-Loc』ですね。Studio Oneだったら『Bitcrusher』。あと、同じくStudio Oneに入ってる『Pedalboard』っていう、おそらくギターをラインで接続した人が使うようなやつだと思うんですけど、その中にビッグマフ的なエフェクトがあって。これがなかなか良くてですね……シンセとかにかけたりすると、すごく面白い音がする。Abletonであれば、先ほども言った『Saturator』と『Roar』。ローが「ヴォッ!」って鳴る歪み方が好きで、選んでるプラグインには同じ傾向がある気がしますね。半端な歪み方をするものは使ってないと思います。
――クライアントからのオーダーに左右されることもありますよね。たとえば提供のお仕事の場合は汚さないほうがいい、というケースもあると思うんです。アプローチの仕方に違いはありますか?
笹川:提供曲の場合でも、まずは一旦汚してみますね。それで提出してOKだったら、その部分が自分の色として残るだろうし、汚さないでって言われたら、それに従って直すだけだしなというスタンスです。ありがたいことに最近は「笹川真生」に作ってほしいという依頼をいただく機会も増えてきて、そのまま通ることも多いですね。
――笹川さんにとって「完成させる」ことの中に「汚す」プロセスが必要だと。
笹川:そうですね。
――ボーカル周りも非常に多彩なアプローチをしているなと感じます。マイクはどういったものを使っていますか。
笹川:メインで使ってるのはLEWITTの『LCT 940』です。真空管とFETの回路が搭載されていて、割合をブレンドすることができるんですが、これがめちゃくちゃ便利で。前に『LCT 240 PRO』っていうエントリーモデルのマイクを使ってたことがあって、それがめちゃくちゃ良かったんです。じゃあLEWITTを信じてみようと思って、ちょっとランクが上のこのモデルを買って、新作は全部これで録りました。
――エントリーモデルでもいいという考え方なんですね。
笹川:自分の場合は、高いマイクで広いレンジで録ったところで、どうせ後で汚すんですよ。だったら多少レンジが狭くても、パッて歌って、モニタリングしてる時の音が気持ちいいマイクだったらあとは何でもいいなっていうのがありますね。もちろんお仕事だとちゃんとスタジオでレコーディングブースで録りますけど、それと比較しても特別自分のボーカルの音が悪いなと思うこともないし、だから目的によるのかなと思ってます。
たとえばBlueのエントリーモデルなんかは、君島大空くんも愛用していて、「あれいいよね」って2人で盛り上がったこともあります。ローがまったく録れないんですけど、ハイが異常に録れるんですよ。安いマイクって、ある種何かに特化してるものが多いんですよね。マイクを使ってちょっと面白いことをしたいとか、使い分けたいってなると、低価格帯のエントリーモデルのほうがいいなとすら思います。もちろん、各々の歌い方とか声質とかにもよると思いますけど。
ボカロから始まった音楽の原点
――音楽に触れた最初のきっかけはどういった感じだったんでしょうか。
笹川:本当の最初は、ゲームですね。ニンテンドーDSの『大合奏!バンドブラザーズDX』って音楽ゲームを持ってて、シーケンサーに8トラックとかでMIDIを打ち込むことができたんです。なんとなく遊んでいたら、友達から「音楽好きなの? じゃあこれ聴いたほうがいいよ」みたいな感じで、凛として時雨というバンドを勧められまして。なんじゃこりゃ、音楽って面白ぇってなって。ちょうど身内に音楽をやってる人がいたので、ギターを譲ってもらって。それでDSのイヤホンジャックにオーディオケーブルを挿して、ゲームで打ち込んだドラムを『Studio One』に送るみたいなことをしてました。で、ほどなくしてDTMに移行して、ボカロ曲をニコニコ動画に公開していくというのをやっていく中で、並行してバンドもやっていたって感じですね。
――ボカロを使って投稿し始めたのは「コミュニティみたいなものがすでにあるからやってみるか」くらいの感じでしたか。
笹川:そうですね。そもそも始まりが凛として時雨なので、歌もの以外を作るって発想がなかったというのと、どうやら初音ミクを使ってると、それだけで聴いてくれる人がいるっぽいぞっていうのを、15歳くらいの時に思って……それが動機ですね。
――笹川さん的にボーカロイドという存在は、あくまで道具という感じですか。
笹川:道具というか、手段というか。実は今もデモの仮歌を作る時に使ってるんですよ。クリプトンのVOCALOIDに限らず、Synthesizer VであったりCeVIO AIであったり、めちゃくちゃいろんな音声合成ライブラリを買ってるんです。ボーカリストさんに向けた仮歌を作るときに、より自分のイメージが伝わりやすい声の色があるので、それに応じて使い分けていくってことなんですけど。ボーカロイドで自分の曲を発表してた時も声作りにはこだわっていたので、「道具なんだけど、ボーカルディレクションをする相手でもある」みたいな感覚ですね。
――過去のインタビューで、ボーカルディレクション時には「感情を抑えた表現」を重視されてるって話をされてましたよね。今回取材にあたって笹川さんのボカロ時代の曲を聴き直してみて、ボカロの調声とも地続きなのかなと思ったんです。
笹川:確かにそうかもしれないです。自分がボカロの曲を作ってた時って、とにかくウィスパーボイスにしたかったんですよね。それが多分クセになってるし、自分にとっての指針にもなってる。今、どの現場に行っても、「もうちょっと抑えて」とか「可愛く」とか「無機質に」とかは言うけど、「張り上げろ」みたいなことは絶対言わないんですよ。曲に対して、歌が浮いているのが好きなんです。
――抑えている方が「浮いている」というイメージなんですか?
笹川:私にはそういう感覚があって。しっかり歌い上げるとかってなると、曲になじんでるなっていうイメージ。たとえばすごいジェントサウンドで、真ん中に可愛い女の子のウィスパーボイスが乗ってたら浮いてるなって思いますよね。
それこそ、凛として時雨ってそうじゃないですか? 特に『just A moment』とか『still a Sigure virgin?』とかの時期って、声の扱いが異常な感じがあって。声だけ別のところにいる、だけど、ちゃんと曲の世界の中にいるみたいな。もちろん毎回それを狙ってるわけじゃないですけど、自分の理想に近づけようとすると、感情を抑え気味にっていうお願いになることが多いですね。


























