挫折した女戦士が迷い込んだのは、森のティーショップ “自分を見つめ直す”スローライフゲーム『Wanderstop』レビュー

『Wanderstop』プレイレビュー

 『Wanderstop』をクリアした。本作は、長く戦いの世界で右に出る者がいなかった女戦士アルタが、重い挫折を経験し、ティーハウスの経営を任されることになった流れを追うADVだ。

 心地良いサウンドに包まれながら、たまに訪れるお客にお茶を振る舞うという点では非常にオーソドックスなスローライフ系ゲームだが、ストーリーに強いメリハリがあり、主人公アルマが抱える心の問題をしっかりと描けていた。では、ひとつずつ見ていこう。

 本作は稀代のメタフィクション・クリエイターであるDavey Wredenが手掛けたゲームだ。『The Stanley Parable』ではゲーム内に用意されたものとプレイヤーの自由意志との齟齬をコミカルに描き『The Beginner’s Guide』では個人製作の作品を無断で弄り回すことの愚かさや、同人創作コミュニティで起きる摩擦などをこれまた皮肉たっぷりに描いて見せた。

メタフィクション構造を愛し、ゲームの“ギリギリ”を攻め続けるクリエイター・Davey Wredenとは? 『The Stanley Parable』を生んだ鬼才の人生を追う

昨今、ビデオゲームという構造自体に疑問を持ち、あえてその形式を逆手に取った表現をする作品が増えてきた。そんななかで、一際輝くセン…

 そんなクリエイターのバイオグラフィもあってか、『Wanderstop』はただのありきたりなスローライフゲームで終わらず、プレイヤーを食ったようなメタ構造や、度肝を抜くような展開が用意されているのではないかと、筆者は初報のトレーラーを観たときからずっと身構えていたが……実際の内容がどうだったかは、これからネタバレに配慮しつつ語っていこう。

 ゲームを始めると、まず主人公の女戦士アルタが、いかに強かったか、そしてどれほど強烈な挫折を味わったかがイラスト付きで語られる。しかし、アルタは自らが敗北した理由を理解できず、森の奥深くで隠居する師匠であるマスター・ウィンターズに会いに行けば、もう一度自分を鍛え直してくれるだろうとタカをくくっていた。そしてその通りに森に飛び込み、案の定力尽きてしまうのだった。

 そんな彼女を救ったのは、森の中でティーハウス「ワンダーストップ」を経営する太っちょの男「ボロ」。彼はアルタを介抱し、疲れているなら休んでいったらどうかと提案する。ついでに店の手伝いでもしてくれないか? という彼を突っぱねてアルタはまた森へと駆けていき、また力尽き、介抱される。そんなことを繰り返すなかで、ついにアルタは折れ、しばらくワンダーストップで働いてみることにしたのだった。

 先述した通り、本作はいわゆるスローライフゲームであり、お客に求められたお茶を作り、それを振る舞うだけだ。材料は店の近くに生えており、最初に渡されるガイドに沿って作っていけばいいだけで、いくら失敗しても問題はない。タイムアップや報酬追加もなく、ただただ好きなタイミングで、物語を進めるためだけにお茶を作るのだ。

 店の二階には「答えの書」というアンチョコも用意されており、基本的にどんなプレイヤーでも詰むことはないだろう(終盤は注文が複雑化していくので暗記するのは難しくなってくるが)。特定の素材のために歩き回るのが若干億劫なこと以外は、大した障壁も存在しない。

 クリアだけを目指すなら簡単だが、わざと変なお茶を作ってみたり、それを自分で飲んでみたり、もしくは店内に写真や小物を飾ってみたりすることもできる。その結果特に得られるものはないが、それなりにカスタマイズ性があり、寄り道としては十分なものだった。逆に『あつまれ どうぶつの森』のように大量の小物が用意されているわけではないので、あくまで寄り道に過ぎないという点には注意が必要だ。

 では、本作のどこがユニークなのかというと、やはりそれはストーリーテリングだ。

 何より店員としてまるでやる気がないアルタは、お客に対しての対応もおざなりだし、お茶への愛着もない。すぐに森を抜けだしてマスター・ウィンターズの下へと駆け出していくことができるように、森への入り口も常時空いている(ものの数秒で力尽き、ボロに助け出されるが)。

 そんな切羽詰まった彼女の下にやってくるのは、これまた個性的な客たちだ。息子に憧れられるような騎士を目指しているフルアーマーの男や、アルタの全盛期を知っている現役の戦士、サラリーマンの集団、上滑りの経済学を語る口うるさい行商人のおばさんなどなど……。

 まるでスカムジョークでしかない展開や、あまりにぶっ飛んだキャラクターたちが、突然目が覚めるような箴言を述べるという点は、Davey Wredenの持つ独特なセンスを感じさせる。特に筆者は終盤に現れる「モンスター」を自称するガキンチョが大好きである。

 最初のうちは、何気ない客の言葉にいちいち突っかかり、まともな接客もできなかった彼女だが、徐々にワンダーストップの時間感覚に慣れてきて、今の自分を受容できるようになっていく。そんなタイミングで、とある大きな出会いが訪れる……といったストーリーだ。

 本作は明確に心の病をモチーフにしており、このゲームもお店経営の名を借りた箱庭療法の形をしている。頑張りすぎて疲れてしまった人に贈る一杯のお茶のような作品で、そこには苦味も酸味も含まれているが、最後には自分自身を見つめることができるとてもありがたいゲームだった。

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