日本にはどんな影響が? イーロン・マスク氏率いる「X」が2025年から始める金融サービス「X Money」の狙いとは?

現在のX社が設立されるより前、社会人キャリアの最初期にイーロン・マスク氏らによって設立されたX.comは、ライバル企業との合併や名称変更を経てPayPalとなった。
第2期トランプ政権では政府の主要メンバーとしても活躍する話題の経営者イーロン・マスク氏。同氏がインターネット草創期に「X.com」で描いていた金融サービスの未来やTwitter買収を経ていま再びこの構想を実現しつつある状況についてレポートする。

TeslaやSpaceXの最高経営責任者(CEO)であり、最近では特別政府職員として米トランプ政権で新設された政府効率化省(DOGE)を率いるイーロン・マスク氏だが、同氏が2022年に買収したSNSのTwitterは現在サービス名を「X(.com)」とし、今年、2025年1月末には「X Money」という金融サービスを始めることを予告している。
イーロン・マスク氏が20年来の構想を実現するサービス
XのCEOを務めるリンダ・ヤッカリーノ氏は1月28日の投稿で「X Money」がどのようなサービスかの説明を行っている。クレジットカードの国際ブランドであるVisaと提携し、同社のVisa Directの仕組みを使ってXの利用者が「X Wallet」というデジタルウォレットのアカウントを利用可能になる。X Walletはデビットカードと紐付けることで個人間(アカウント間)送金が可能となり、X Wallet上で受け取った残高はデビットカードに紐付く銀行口座に自由に戻すことができる。当初は米国のみでの提供となるサービスだが、米国では銀行口座を開くとVisaなどの国際ブランドのマークが付いたデビットカードが各人に発行され、これをATMでの引き出しや店舗での決済に利用できる。この仕組みを利用し、X Moneyではアカウントにデビットカードを紐付けることで、実質的にXのアカウントと銀行口座が繋がった形となり、Xアカウントを介してXユーザー同士での送金が簡単に行えるというわけだ。

ここまでの情報であれば、単に「Xが金融サービスにも参入するんだって」の一言で終わるかもしれない。だが「X(.com)」が持つ元々の意味を考えると別の視点が見えてくる。「X(.com)」はもともと1999年にマスク氏ら4人の実業家が始めたオンライン金融サービスで、同様の「オンラインでユーザーアカウントを作成し、相手の銀行口座番号などを入力せずともユーザー同士で簡単に送金が行える」サービスを提供するライバルのConfinityと2000年に合併し、Confinityのサービス名であった「PayPal」を社名とし、現在まで続くサービスとして活動を続けている。PayPalは2002年にオークションサイトのeBayに買収され、その特性を活かして個人間送金サービスの雄として成長を続け、2015年に再び独立するまで市場拡大を続けていった。
マスク氏自身は経営上の対立から2000年にPayPalを追い出される形で辞めているが、そうした経緯から「X(.com)」のドメイン名は2017年にマスク氏が買い戻すまでPayPalが保持し続けていた。買い戻した直後の「X(.com)」ドメインは、同じくマスク氏が代表の会社であるBoring Companyのサイトへの誘導リンクが貼られている状態だったが、後にTwitter買収を機に同ドメインは「X」の1文字のみを表示する状態が続き、最終的にTwitterのドメインがXに移行した段階で20数年ぶりにサービスを提供するためのドメインとしての活動を再開することになる。
Twitterの買収直後、マスク氏はこのSNSを使って「何を実現していくのかの」メッセージを発信している。
Slides from my Twitter company talk pic.twitter.com/8LLXrwylta
— Elon Musk (@elonmusk) November 27, 2022
特に重要となるのがこの投稿の4枚目の画像にある「Payments」の部分だ。2025年時点でXには月間アクティブユーザー数で5億、毎日アクセスするようなデイリーアクティブユーザー数で3億ものユーザーが存在している。これら膨大なユーザー数が日々活動するなかで、文章や画像を投稿し、それがもし収益につながり、ユーザー同士で金銭のやり取りが発生するようになれば、巨大な可能性があるというのがマスク氏の念頭にある。Xではすでに長文の投稿や、投稿による閲覧数を基にした収益化、サブスクリプションプログラムなどが存在しており、一部のクリエイターやインフルエンサーは収益を得ることが可能になっている。その次の段階が「個人間送金」であり、かつて「X(.com)」で金融サービスのスタートアップ企業を創業したマスク氏が、ドメインを取り戻したことで当時の構想をいま再び実現しようとしているという流れだ。

「X Money」は日本のユーザーにどんな影響があるの?
先ほど「X Moneyは(当初)米国でのみ提供される」と述べたが、Twitter時代から含めXのユーザーの多くは米国であり、複数の統計データの情報から判断すると「全Xユーザーの4分の1は米国」となる。次にユーザーが多いのが日本で米国の約半分、そのさらに半分以下の割合で3位以下の国々が続く。つまり、ユーザーの規模から考えれば米国のみのサービスであっても一定以上の利用者を獲得できるといえる。とはいえ、Xのサービスを世界規模で展開し、残り4分の3のユーザーが米国外であることを考えれば、次なるステップは「X Moneyの国外展開」となる。
銀行口座同士の送金は、相手が銀行口座を持っていることを前提とすれば確実に送金できる手段だ。一方で、いちいち送金のために相手の銀行口座を調べて指定するのは面倒だし、近年はだいぶ改善されつつあるものの、すぐに相手に着金するとは限らず、比較的高い手数料を取られるという問題もある。米国では以前まで送金手段の主役は小切手で、これを銀行窓口に持参したり、ATMに預け入れることで現金化できた。
近年ではより安全な手段としてVenmoといった個人間送金サービスが登場したり(後にPayPalに買収されて同社サービスの一部に)、銀行アプリから直接送金が可能なZelle(ゼル)といったサービスが提供され、利用が広がっている。こうしたモバイルアプリ型の送金サービスはユーザー間送金は電話番号やユーザー名などのアカウントを介して行われるため、銀行口座をいちいち細かく指定しなくていい点でシンプルになっている。
他方で、送金先も送金元と同じ送金サービスを利用している必要があり、サービスを利用するユーザーが広がらなければ、例えば割り勘をしたくてもアカウントを持っていないユーザーがいるために手間がかかるといったことが起こりかねない。

日本の場合、PayPayの利用者が日本国内のスマートフォン人口の約3分の2のシェアを獲得しており、「同じサービス同士でなければ送金できない」という問題の多くを解決している。これをX Moneyに当てはめて、米国での状況を考えてみる。米国のXユーザー数は1億人教であり、同国の人口の約3分の1。これが多いか少ないかは判断が難しいところだが、少なくとも普段X上でやり取りを行っているようなユーザー同士であれば互いにXアカウントを所持しているわけで、当該ユーザー同士の送金は「X Money」で簡単に行えることになる。
これがSNSに紐付いた送金サービスの利点であり、前述のVenmoもSNS的なソーシャルタイムライン機能を備えており、なるべく多くのユーザーが参加して送金ネットワークを構成できるような工夫が行われている。その意味では、日本のXユーザーは人口の半数程度であり、PayPayほどではないものの、充分に巨大な送金ネットワークを構成する可能性を秘めていることになる。
だが問題になるのは、これが「金融」サービスであり、国境を越えるのは他のサービスほど簡単ではない点だ。例えば米国ではマスク氏によるTwitter買収がニュースになったころから、X社が全米の各州で送金免許をコツコツと取得していたことが話題になっていた。米国では送金サービスの提供にあたり、モンタナ州を除く州ごとに認可が必要であり、もし認可を得られていない州があった場合、その州では送金サービスが利用できないといった状況が起こりうる。
Xの説明ページによれば、本稿執筆の2月上旬時点で認可を得ているのは首都ワシントンDCを含めて41州(地域)で、間もなく1州を除きすべての州が埋まる算段が立っていることが分かる。ヤッカリーノ氏は2025年内のサービス開始を予告しているが、この認可を経て準備が整いしだいサービスが始まるということなのだろう。

話を日本に戻すと、「すぐにはサービスはやってこない」という現実もある。金融規制は各国で異なっており、特にマネーロンダリングや各種犯罪対策の問題を踏まえると、各国の関連機関での審査は厳しく、サービス開始までこぎつけるには時間がかかる。今回話題の1つにもなっているPayPalは米国外でもサービスを展開しているが、そのうちの1国である日本では米国ほど送金が簡単に行えない。これも規制の一種だ。こうした事情は世界各国で存在しており、Xのユーザー数3位以下の国で同様にX Moneyのサービス展開を考えたとしても、実現までにはかなり時間がかかるというのが筆者の見立てだ。

以前に金融関連の年次カンファレンスである「Money20/20 USA」におけるパネルディスカッションにて、Rapyd社の金融ネットワークグローバルヘッドのラリー・リー氏が「マスク氏がX.comを使って“スーパーアプリ”的な金融サービスを提供するかに注目したい」と述べていた。スーパーアプリとは、アプリ1つあれば各種サービスが利用できるという仕組みで、有名どころでは中国のWeChatや東南アジアのGrabなどが知られる。リー氏がこのコメントを出したのは2022年10月のことなので、実はTwitterのドメインが「X.com」に移行する以前の話であり、なかなか先見の明があるコメントだったといえる。同時に、リー氏は「金融サービスの早期の広域展開が難しい」ことにも触れており、X Moneyのさらに先の動きも示唆している。いずれにせよ、話題の経営者が世界規模のSNSを使って提供する金融ザービスが米国でどのように立ち上がり、その後どうやって広がりを見せるのか、2025年はなかなか面白い年になりそうだ。
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