アーティストは「AI以降の人類」に期待していいのか 渋谷慶一郎×岸裕真が語りあう“生成AIとの理想的な関係”

渋谷慶一郎×岸裕真が語る“生成AIとの理想的な関係”

AI以降の人類が獲得しつつある「予測不可能性」への耐性

渋谷慶一郎×岸裕真
渋谷慶一郎×岸裕真

渋谷:『ChatGPT』はWEB上にある文章をさらっていくわけですが、たとえば『YouTube』にある音・音楽を全部さらうようなデータセットを作ることって可能だと思いますか?

岸:可能だと思います。半分都市伝説ですが、噂では『Midjourney』は『YouTube』でSFゲームの配信動画をひたすらスクレイピングしていたらしいと。ゴッホの絵の枚数はたかだか何百枚だけど、『YouTube』にアップロードされるゲーム配信は1日何百時間とあるので、『Midjourney』はそれを学習して、『Discord』上で展開してフィードバックを得ていたから良質なキュレーションが可能になったらしいです。

渋谷:僕のイメージとしては、たとえば「ザーッ」って音なんだけど、すべて『YouTube』の音楽を学習させて生成したノイズを作れたらと思っていて。遠くから見ているとわからないけれど、顕微鏡で拡大していくといろんな音楽が聞こえてくる。その範囲をマウスで囲ったり、昔の『MetaSynth』みたいな方法でシンセサイズして、いい状態になったと思ったらRecして……みたいなことができると、「いまネット上にある全ての音がここあって、それでこの響きができています」というものを作れると思う。コンセプトアートとしても結構面白い。この「ザーッ」という音はただのノイズに聞こえるけど、「あなたたちすべての人が好きな音が全部入っているんだよ」っていう。

 僕が音楽の世界でAIに期待するのは、「ドラムパターンが新しい」とかの話じゃなくて、たとえばゲルハルト・リヒターの絵画はみんな大好きですよね。でも、リヒターの絵画ってほぼ抽象で、音楽でいうとドローンやノイズの中にメロディが断片的に入っていたりいなかったりするような状態です。アートだとあの複雑性が認知されるのに、音楽だとそういうものは人気がないわけ(笑)。この差って何だろうってことなんです。人間って本来「極度に単純なモノ」のほうが「極度に複雑なモノ」よりも苦手なはずで、たとえば真っ白で何もない部屋に延々と閉じ込められるほうが散らかった部屋にずっと閉じ込められるより辛いですよね。だから人間はある種の複雑さを受容できるのに、音楽だけはなぜか単純化が洗練とイコールになる傾向が強い。そこには多分、人間がやってきたことに抜け落ちてる部分があるとも思っていて。

 だから、圧倒的に抽象的な情報量も多い音楽なんだけど、すごく面白いとかかっこいいと思えるものがそろそろできてもいいはずで、それができるとしたらAIなんじゃないかという希望があるんです。知覚的にも記号的にも「人知では作れない響きと連続性」が作れるんじゃないかと。

岸:一番課題になるのはマシンコストですね、ひたすらスクレイピングしてそれをストレージに入れて。『Stable Diffusion』とか『Audio Diffusion』をスクラッチから学習するには、個人でやるにはかなり厳しい電気代がかかりますが、技術的にはできる話だとは思います。

渋谷:この対談を読んだ人や企業が手を挙げてくれたら嬉しいね(笑)。だって、抽象的な音楽でヒットとは言わないまでも、「なんだこれ」ってみんなが思うものができたら、結構長い音楽史の中でも事件になりますよ。

岸:事件、起こしたいですね。プログラミングはいつでもやります(笑)。

渋谷:お願いします(笑)。あと、いままで音楽って「20世紀で進化が止まった」と言われていて、強いて言うならミニマルミュージックが生き残ったぐらいだと言われているんですけど、でも僕は現代、AIの普及した情報環境が聴衆を鍛えているんじゃないかと思っていて。というのも昨年、香取慎吾さんの展覧会に音楽を依頼されて、「渋谷ヒカリエ」の大きなホールに24チャンネルのスピーカーを天井から格子状に吊って、その中を音が立体的に動いていくというシステムを作ったんです。で、再生される音は僕のハードディスクの中身20GB分の音の断片から常にランダムに選ばれる。ピッチや再生範囲、再生方向も全てランダムにした。だから再生される音が1つのときもあれば8つのときも、3つのときもあるんだけど、とにかく音は空間を動き回っている。これだけランダムというか全てを偶然に委ねると当たり前だけど、二度と同じ音楽になることはないし繰り返しはあり得ない。

 この展示には当たり前だけどかなりマスな人が来るでしょう? いままでの認識だと「二度と繰り返さない」とかランダム、つまり偶然性みたいなものは難しいとか受け入れられないとか思われてたんだけど、僕は今ならそうでもないんじゃないかと思ってて、実際にとても喜ばれたわけ。「二度と同じにならないから、いくらでも居られます。没入できます」みたいな感じで。僕はこの機会にある種、マスに対しての実験をしたんだけれど、反復・ミニマルだけではない、ある種ジョン・ケージ的な偶然性が、シチュエーションや、使う音によっては大衆に受け入れられる時期に来ていて、これは音楽的な理由でそうなっているのではなくて情報環境がAIによって変わったことが大きいと思ったんです。たとえば『Amazon』にレコメンドされる商品とかがまさにそうで、あれって人が勧めてくるモノよりも、はるかに意外性も適応性もある。人類がそういうことに慣れてきたから、音楽の「予測不可能性」に耐えられるようになってきたんじゃないかと。この差は多分「AI以降の人類」ということなのかもしれない。

岸:カメラの普及後に抽象画が台頭したことと近い気がします。抽象画というのは人間の外でイメージを完成させるのではなく、鑑賞者の中でイメージを構築する作用が特徴的です。カメラが「イメージを構築する」ということを外部化したときに、カメラに鍛えられた人間たちは知覚やいままで使われていなかった脳の機能を結合してイメージを作ることができたのかもしれません。それに近いことがAIと音楽の領域で起きていると捉えることもできます。

渋谷:そうかもしれない。だからさっき言った『YouTube』の話も単なる実験にはとどまらない気がしてるんです。人にはきっとまだ使っていない領域があって、僕もそこを耕すのがAIなんじゃないかという希望を持っているから。

■公演情報
『IDEA ー 2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』渋谷慶一郎+池上高志
金沢21世紀美術館にて、常設展にも参加しているアンドロイド Alter3と、昨年誕生したAlter4の初共演による劇場での新作初演が開催中の展覧会「D X P (デジタル・トランスフォーメーション・プラネット) ―次のインターフェースへ」の特別企画として行われる。本作は音楽家 渋谷慶一郎と東京大学教授の池上高志によるコラボレーションで、ステージにはAlter3とAlter4、そして渋谷慶一郎がピアノとエレクトロニクスを演奏する。またこの対談がきっかけになり岸裕真が脚本のGPT開発のテクニカルサポートで参加している。

【公演日程】
10月13日(金)18:30開場 19:00開演
10月14日(土)15:30開場 16:00開演

【会場】
金沢21世紀美術館 シアター21

【チケット】
前売 4,400円 / 当日 5,500円
※両日ともに100席限定
※座席は先着順
チケット購入:https://kanazawa21-idea.peatix.com/
金沢21世紀美術館公式サイト:https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=69&d=2050

【クレジット】
出演:Alter3、Alter4
脚本:GPT
音楽、コンセプト:渋谷慶一郎(ピアノ、エレクトロニクス)
Alter3 プログラミング:吉田崇英、johnsmith
Alter4 プログラミング:今井慎太郎
GPTテクニカルサポート:岸裕真
Alter3 所属先:東京大学池上高志研究室
Alter4 所属先:大阪芸術大学アートサイエンス学科 Android Music and Science Laboratory
Alter4 台座設計:妹島和世建築設計事務所
映像:小西小多郎
音響:鈴木勇気
舞台監督:串本和也
制作サポート:川越創太、田中健翔
制作マネジメント:松本七都美
協力:大阪芸術大学
制作:ATAK

『DXP (デジタル・トランスフォーメーション・プラネット) ―次のインターフェースへ』
アーティスト、建築家、科学者、プログラマーなどが領域横断的にこの変容をとらえ、今おこっていることを理解し、それを感じられるものとして展開するインターフェースとして開催されるDXP展。注目のテクノロジーであるAI、メタバースやビッグデータで構成される一つのリアリティ、そしてヴィジョンとしてのDXPは衣食住も含めた総合的なライフの可能性を提案する。岸裕真もファッションブランドHATRAと共同でHATRA+Yuma Kishiとして出展。期間は会期後半(1月中旬頃)からの予定。

【期間】
2023年10月7日(土)〜2024年3月17日(日)10:00〜18:00(金・土曜日は20:00まで)

【会場】
金沢21世紀美術館 展示室7〜14(要チケット)、デザインギャラリー(無料)、長期インスタレーションルーム(無料)

詳細:https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=17&d=1810

『HATRA Spring+Summer2024 Exhibition』
岸裕真が独自にチューニングしたMaryGPT/ChatGPT/人間、三者による対話システムと、岸のアートワークを用いたファッションブランドHATRAの24SSシーズンの新作展示会。会場ではインスタレーション作品も展開予定。

【期間】
2023年10月14日(土)〜 10月22日(日)11:30 - 20:00 ※要予約

【会場】
恵比寿 SITE ギャラリー(東京都渋谷区恵比寿1-30-15 B2F)

【連絡先】
mail@hatroid.com
03-6659-9471(波取)

詳細:https://hatroid.com/

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