我々は“情報の洪水”にどう向き合うべきか 『ファスト教養』著者・レジーがSpotify「Wrapped」から考える
情報洪水との向き合い方
「Wrapped」では、楽曲のみならずポッドキャストに関するデータもまとめている。自分の生活を振り返ると、コロナ禍が始まって家にこもる時間が長くなってからポッドキャストを聴く時間が増えた印象がある。在宅勤務が中心となり、また飲み会なども減ったことで、誰かと会話する時間が少なくなった。そのような状況において、「人の喋り声(家族の会話とは違うもの)を聞きたい」という欲求が顕在化したのだと思われる。
トップ5に並んだのはいかにも「文化系」なラインナップだが、明確な結論をあらかじめ定めることなく雑談が進むポッドキャストは、短時間で情報を得ることこそ是となっている今の時代において今後ますますその重要度が増すはずである(このあたりの議論は拙著『ファスト教養』をご参照ください)。
さて、自身のSpotifyでの行動履歴を見せられて最も強く感じたのは、「まだ聴いてないものがたくさんあるな……」ということであった。聴こうと思ってそのままになっているものは当然このランキングに入ってこない。また、自分が今年最も聴いたポッドキャストの『三原勇希 × 田中宗一郎 POP LIFE: The Podcast』では聴き手に対してお勧めの作品が次々に紹介される。「どれだけ聴いたか」を示すデータは、「どれだけ聴いてないか」を突きつける刃でもある。
録音された音楽を楽しむのに物質としてのメディアと店舗の存在を必要としていた時代(と言ってもせいぜい10年前程度の話だが)であれば、「無限に存在する音楽を聴く時間がない」という悩みはBandcampやSoundCloudを能動的に探索するような一部の「濃い音楽マニア」だけのものだった。ストリーミングサービスが広く浸透した現在、この問題と向き合わざるを得ない人は増えているはずである。
レコメンドによって引き起こされる情報洪水に立ち向かうにはどうすればいいか。単に「気にしない」のが一番かもしれないが、ここでは『積読こそが完全な読書術である』(永田希、2020)で紹介されている「ビオトープ」という考え方を紹介したい。自分なりに意訳すると、「仮に読んでない本であっても、自身の興味関心に従ってリストアップされた積読本の一群はその人にとっての知的空間として機能する」「そうやって形成された空間こそが、情報の濁流から身を守ってくれる(自分にとっての大事な情報を選別する基準となる)」ということになるが、この発想はストリーミングサービスを使いこなすうえでも重要になるのではないか。
気になったものはいくらでもお気に入りに放り込んでおけるのが、ストリーミングサービスの楽しいところ。そこには金銭的な制約も物理的な制約も存在しないし(前者に関して有料プランに加入するための費用はもちろん存在するがCDを買い続けることに比べると決して大きなものにはならない)、Spotifyも例外ではない。「聴けないかもしれない」と恐れることなく、未知の作品をライブラリに入れていけば、そこは自分だけの「ビオトープ」となる。仮にすべてを聴き切れなくても、ライブラリの並びを見直し、そこにある自身の好みを理解することは、いまの自分のコンディションを把握するうえで重要な行為である。
様々な形の情報が絶えず飛んでくるからこそ、シンプルに音楽を楽しむためにも自分の立ち位置は自分でしっかり踏み締める必要がある。それは決して簡単なことではないが、古今東西の音楽にいつでもアクセスできるこの時代、乗りこなせればこんなに最高なことはない。