我々は“情報の洪水”にどう向き合うべきか 『ファスト教養』著者・レジーがSpotify「Wrapped」から考える

我々は“情報の洪水”にどう向き合うべきか

DX時代における“必然”としてのSpotify「Wrapped」

 「ライフログ」という言葉がある。Wikipediaに記されている定義は「人間の生活・行い・体験を、映像・音声・位置情報などのデジタルデータとして記録する技術、あるいは記録自体のこと」。

 Googleトレンドによると、2004年以降でこの言葉が最も使われていたのは2012年6月頃のようである。『ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する!』という書籍も2010年1月に発売されており、2010年代に入ってこの考え方が一般化したことがうかがえる。ちょうどスマホやSNSが徐々に広まっていき始めた時期でもあり、これまでも個人が日記を書くなどして進めていたはずの「生活の記録」のあり方が見直された時期だったと思われる。

 2022年現在、「ライフログ」という言葉を聞く機会は少なくなった。前述のGoogleトレンドで見ても、2022年11月の水準はピーク時の7%まで減少している。しかし、言葉は聞かなくなった一方で、その概念が日常生活に浸透しきっているというのは少し自分の身の回りに目を向ければわかるだろう。我々は誰に頼まれるでもなく日々の行動や感情を特定のプラットフォーム上に吐き出し続けており、さらには肌身離さず身につけているスマホやウェアラブルデバイスが利用者にまつわる様々な情報を勝手に記録している。

 この状況は、近年の企業活動におけるキーワードでもある「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」とも密接につながっている。このコンセプトのベースにあるのは「数値化」である。ビジネスに関連する活動を全て記録し、数字で表し、そこに評価を加え、然るべきアクションをとる、この流れこそが重視されている。

 個人から法人に至るまで、あらゆるデータを記録する方向に進んでいる現代の社会。無意識の行動が明確な形で可視化されることには、意外な発見が見つかる気持ちよさと、思ってもみなかったことが炙り出される気持ち悪さのそれぞれが同居している。

 さて、長々と前置きをしてしまったが、Spotifyがリスニングデータからユーザーの1年を振り返る「Wrapped(Spotifyまとめ)」である。1年間を通して自分がどんなコンテンツを楽しんでいたか可視化するこの機能は、データによって個人の「無意識」を固定化された形で表現する点でまさにDX時代における必然とでも言うべきものであり、かつ「たしかにこんなの聴いてた!」「あれ、こんなの聴いてたっけ……?」が同時に突き付けられる緊張感を孕んだサービスでもある。以下、「Wrapped」を見ながら、2022年に自分がなにを思い、なにをしていたかについて振り返ってみたい。

「Wrapped」に記録された自身の無意識

 自分の「Wrapped」を見て最も驚いたのが、「あなたのトップアーティスト:Perfume」だったこと。長年強く応援している存在ではあるが、リアルタイムで自分が一番たくさん聴いているアーティストだという認識はまったくなかった。7月にリリースされたアルバム『PLASMA』も「既発曲が多い」などと散々文句を言っていたのだが……(念のため、今回のアルバムツアーはPerfumeのキャリア全体を見渡しても出色の内容でした)。典型的な無意識の表出である。

 「トップソング」において1位になったのが大石晴子「まつげ」。日本のインディーシーンの良質な部分を集めたかのような楽曲を発表しているシンガーのファーストアルバムで冒頭を飾る楽曲が選ばれた。続いて竹内アンナ「手のひら重ねれば」、橋本絵莉子「ワンノブゼム」、Nagakumo「思いがけず雨」、XIIX「まばたきの途中 feat.橋本愛」と女性ボーカルの曲が並ぶトップ5には、自分のどんな深層心理が表れているのだろうか。

 正直なところ2022年は「掘る」という観点においてはそこまで時間を割けなかったが、大石晴子やNagakumoは自分にとって今年のニューカマーである。前者はソーシャル上で知り合った友人からのレコメンド、後者は〈HOLIDAY! RECORDS〉のアカウントで紹介されていたことがきっかけだった。SNSを活用すれば、物理的な負担をそこまで大きくしなくても新しいアーティストと出会うことができるし、そしてその音源をストリーミングサービスで聴くことができる。この環境は、ライフステージの変化に伴いライブ会場やCDショップといった現場に足を運びづらくなった自分のような人間には非常にありがたい。

 「Wrapped」の指標で面白いものとして、聴いていたジャンル数についてのデータがある。具体的にどのジャンルを聴いたかまではここでは把握できないのだが、自分は2022年に「19個の新しいジャンルを探検」したそうだ。今年の冒頭はどうにも新譜を聴く気持ちにならず(例年年明けはそういうモードになる)、アフリカのピグミ―(中央アフリカの狩猟採集民)の音楽を聴くなどしていた。こういった「いわゆるポップミュージックではない音楽を聴きたい」という知的好奇心にもSpotifyは応えてくれる。

 一方で、自身の肌感覚とは合わない部分もあった。リリース直後から繰り返し聴いたOfficial髭男dism「Subtitle」や、今年一番夢中になった楽曲とも言えるNewJeansの「Hype Boy」は「Wrapped」には登場せず。おそらくこれは自分が複数のストリーミングサービスを使っていることも影響していそうであり(前者はリリース時期の問題?)、またNewJeansについてはYouTubeに無尽蔵にアップされる様々な動画とセットで楽しむことが多かった。「ライフログ」としての精度を高めるならばプラットフォームを横断した音楽体験に関するまとめが必要になるが、それはSpotifyの感知するところではないはずだし、そもそも「横断した音楽体験をそこまで精緻に管理する必要があるか」という問いも成立するだろう。

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