「ストリーミングは儲からない」は事実か誤解か ロイヤリティについて説明するSpotify「Loud & Clear」導入の意味を考察

「ストリーミングは儲からない」は事実か誤解か

 Spotifyが、ロイヤリティについて説明する新サイト「Loud & Clear」をオープンした。同サイトは、これまでに度々、アーティストから不満が寄せられてきた同社のロイヤリティ支払いモデルを明確にすることを目的にしたものだ。

 サイトでは、近年のSpotifyのロイヤリティの支払い実績がグラフによって視覚的にわかりやすく説明されるほか、任意のリスナー数を入力することで、そのリスナーを抱えるアーティストがSpotify上にどれだけいるかを確認することができる。しかし、何よりも注目したいのは、これまで多くのアーティストやリスナーに誤解を与える要因になっていた、一般的にはあまり知られることがない複雑なロイヤリティ支払いモデルを改めて明確に説明したことだろう。

 これまでSpotifyに限らず、多くのストリーミングサービスでは、1再生数による支払い単価は1ドル以下だということが報じられてきた。そのことから「ストリーミングで稼げるロイヤリティは低い」というイメージが定着化したが、それはストリーミングサービスのロイヤリティ支払いモデルを正しく理解していないことによる誤解の部分も大きい。

 ストリーミングサービスのロイヤリティ支払いモデルは、フィジカルリリースやデジタルリリースが何枚売れたか、何回ダウンロードされたかの回数に応じてロイヤリティが支払われるのとは異なり、何回再生されたかは直接ロイヤリティに反映されない。プラットフォームが集めたユーザーのサブスクリプション料金と広告収入の中から、特定月の再生回数を元に支払いレートが算出され、それを元にプラットフォームに集まった全体の収入の中から、支払いレートに応じてロイヤリティが支払われる「プロラタ方式」という支払いモデルが採用されている。

 また、Spotifyは支払いレートから算出されたロイヤリティのうち、約30%を差し引いて支払うが、それはアーティストに直接支払われるのでなく、まず権利者(通常はレコードレーベル、アグリゲーターなど)に支払われる。そうして、支払われたロイヤリティをさらにアーティストと権利者があらかじめ取り決めた契約内容に沿って分配するため、この契約内容によって、最終的にアーティストが得る1再生あたりのロイヤリティの額も変わってくる。そのため、一般的に言われている1ドル以下というロイヤリティの単価は、あくまでそのアーティストの場合であり、ほかのアーティストもそうだとは限らない。また、Spotifyの場合は無料ユーザーと有料ユーザーの2パターンがあり、ユーザー種別がロイヤリティの支払いレートに影響することにより、競合サービスと比べて1再生あたりの支払い単価が低くなる傾向にあることも、一般的にはあまり知られていない。そういったストリーミングのロイヤリティ支払いに対する大きな誤解を解く解説が「Loud & Clear」ではQ&Aコーナーで説明されるほか、動画でわかりやすく解説される。

 「Loud & Clear」をこのタイミングで導入した理由は、最近、SoundCloudが発表した「ファンによる」新たなロイヤリティ支払いモデルを意識してのことだと考えられている。SoundCloudが最近実装した「Fan Powerd」という支払いモデルでは、ファンが実際に聴いているアーティストにそのファンのサブスク料金が割り当てられる。この方式は世界中に広がるような大規模なファンベースはないものの、一定のコアなファンを持ち、それなりの再生数を稼ぎ出せるミドルクラスのアーティストに特に恩恵が大きいと言われている。従来のプロラタ方式による一部の大物アーティストによるロイヤリティ独占というストリーミングの問題を解決する意味での期待も大きい。

 こういった新たな支払いモデルに注目が集まる中、Spotifyの副社長兼マーケットプレイス責任者であるCharlie Hellmanは、業界全体がこの変化に向けて舵を切る決定をした場合、Spotifyもそれに対して「オープン」だと語っているが、「Fan Powerd」がアーティストの成功に有意義に作用するについては疑問視もしているという。それだけにこのタイミングでの「Loud & Clear」公開には、これまでSpotifyに向けられていた誤解による不満を解消したいという意図もあるのだろう。

 ただ、ロイヤリティ支払いモデルの仕組みの明示化は、アーティストや音楽リスナーの誤解を解くものではある一方、アーティストにもSpotifyから得られる収益のリアルな実情を改めて認識させるという側面もある。

 サイトでは、2020年時点で、Spotifyは権利者に230億ドル以上のロイヤリティを支払っていることや、そのうち、2017年の支払い額が33億ドルに対し、2020年には50億ドル以上を支払っていることも示される。これを見る限り、Spotifyが支払うロイヤリティは確かに増加していることがわかるのだが、一方で、米国労働統計局などの情報をもとにしたアメリカの平均年収にあたる5万ドル(約547万円)以上のロイヤリティを生み出したアーティストは、昨年はわずか1万3400人に留まっている(あくまでSpotifyが権利者に支払ったロイヤリティのため、実際にアーティストの手元に入るロイヤリティはこれよりも低い金額になっている可能性も考慮する必要はある)。

 Spotify CEOのDaniel Ekは、2018年に投資家に対し「100万人のクリエイターが同プラットフォームで生計を立てられるようにする」と語っているが、現状では、その目標実現にはまだまだ時間がかかるといった状況だ。

 また、Spotifyは現在、世界中で3億4500万人以上のユーザーを抱えており、ユーザーが増えることでSpotifyがプールできるロイヤリティも必然的には上がる。しかし、それは先述のようなプロラタ方式のため、大きな収益を得ることは一部の人気アーティストにどうしても限られてしまう。その証拠に昨年、10万ドルクラスのアーティストは7800人、50万ドルクラスのアーティストは1820万人、100万ドルクラスのアーティストに至っては、870人に止まっている。

 とはいえ、それが全くネガティブな結果と切って捨てるのはいささか早計だ。データ上では、5万ドルクラスのアーティストは2017年から昨年までの間に80%増加しており、100万人とは言わないものの、ストリーミングで1年間の生活に必要な年収を得られるアーティストは確実に増えている。まだまだ駆け出しのインディペンデントアーティストと思われる1000ドルクラスのアーティストも、2017年から昨年までの間に105%増加。2020年には18万4500人にのぼることから、ストリーミングで生活はできないまでも、自身のクリエイションを収益化できているアーティストは少なくとも増加傾向にあることがわかる。

 Spotifyの2020年第2四半期の決算報告では、800万人の新規サブスクリプション加入者、1300万人の新規月間アクティブ・ユーザーを獲得したことが報告されている。また、Spotify Japanは、昨年3月時点で世界の総ユーザー数が2億7100万人以上と報告していたが、現時点でのユーザー数が3億4500万人以上になっていることを考えると、サービス自体は成長を続けており、ロイヤリティの原資となるユーザーからの収益は今後も増えていくことが考えられるし、データ上はここ4年の間に収益化できるアーティストが増えていることから、仮にプロラタ方式でも今後も収益化できるアーティストは増加していくことが予想される。

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