外国人YouTuberの僕が“福島のドキュメンタリー”で限界を感じた話

外国人YouTuberの僕が“限界を感じた話”

YouTuberをやめようと思ったこともある

 タスクが山積みで大変でも、好きなことだから楽しい。それは事実ですが、YouTuberという仕事には当然、リスクもあります。単純なところからいうと、職業YouTuberになろうとしたとき、私は初期費用として200万円の借金をしており、失敗していたら大きな負債だけが残ったでしょう。

 また、動画で何かを表現するということは、どれだけ心を尽しても、ネガティブなコメントや評価に晒されることを意味しています。それらと向き合う覚悟がなければ、精神を病んでしまうこともある。

 また、当然ながら知名度が上がっていくにつれて、プライバシーがなくなっていきます。芸能人でもないのに、街に出れば自分を知っている人がいて、コーヒーショップでも視線を感じて寛げない、ということも珍しくない。これまでも語った通り、街中で旧知の友人のように声をかけられるのはとても嬉しいことでもありますが、強いストレスと表裏一体です。盗撮のように私の動画を撮って送ってくる人もいて、恐怖を感じるようなこともありました。

 このようなリスクにも通じる話ですが、実は過去に3回ほど、私はYouTuberをやめようかと思いつめたことがあります。

 なかでも大きかったのは2018年、山形県酒田市から鹿児島まで日本列島を2000km、自転車で南に縦断する「Journey Across Japan」を撮った後のことです。肉体の限界にも挑戦しながら力を入れた企画だったため、心身ともに疲労困憊なり、ナーバスになっていたなかで、視聴者から寄せられた少数のネガティブなコメントに過敏に反応してしまったのです。

Journey Across Japan | 2,000km Cycle Series

 ほとんどの視聴者は動画を楽しんでくれていたのですが、有名な観光地を紹介しなかったことや、自転車のシーンが少ないこと、またゲストの人選に対する不満など、コメントは様々でした。批判がまったくないとは考えていませんでしたが、そういったコメントを読みながら編集作業をしていると、「視聴者を楽しませることができないのなら、なぜこんな仕事をしているのか」と考えるようになってしまったのです。

 残りの2回は、YouTubeのアルゴリズムが関係しており、これはYouTuberについて回る問題だと言えます。

 1度目は、2017年にYouTubeがアルゴリズムが変更し、動画が無収益化されてしまったとき。当時、私は収入のほとんどをYouTubeだけに頼っており、こんなにも簡単に生活の基盤が失われてしまうのかと、恐ろしく感じました。

 このときは、「Why I'm Losing Faith in YouTube」という動画で窮状を訴えたことで、クラウドファンディングPatreonの支援者を増やすことに成功し、結果的にピンチをチャンスに変えることができました。しかし、この件をきっかけに、YouTubeだけに依存するのは危険だと考えるようになりました。

私がYouTubeを信じられない理由

 次は2018年の10月に福島のドキュメンタリー「Inside Fukushima: What Happened After the Nuclear Disaster?」をアップロードした直後のことです。「Abroad in Japan」を登録していると、新着動画が投稿されるたびに通知が飛ぶようになっていますが、アルゴリズムが変わったのか、YouTubeはその動画に関しては通知を出さなかったのです。そのため、きちんと宣伝されず、再生回数は20万回程度にとどまってしまいました。

福島の現状:原子力災害後に何が起こったか?

 20万再生というのは決して少ない数字ではありません。しかし、私の動画は60万~70万再生がアベレージで、本来のポテンシャルにまったく届いていない。私はYouTubeというプラットフォームをよりよい場にするために、いいコンテンツを作ってきたと自負しています。しかし、YouTubeは「Abroad in Japan」を宣伝する気がないのだと、裏切られたように感じました。

 福島のドキュメンタリーは、私が手掛けた動画の中でも最も誇らしく出来の良いものです。一方で、繊細なトピックであることは間違いありませんし、災害や福島、核といったYouTubeが危険視する言葉も登場するので、YouTube側がそれを嫌ったのかもしれません。だからといって、この力作を宣伝してもらえなかったことは非常に悲しく、残念に思いました。YouTuberとしてのキャリアの危機であると同時に、インタビューに応じてくれた人々の気持ちを考えるとこみ上げる感情を抑えつつ、撮影して編集した、一連の努力が無駄になってしまったと感じました。

 結局、福島のドキュメンタリーを皮切りに、3本の動画の再生回数が振るいませんでした。私は「Abroad in Japan」の限界を感じつつ、最後の望みを託してTwitterに「福島に関するとても真面目なドキュメンタリーを作ったが、思うような結果にならなかった」という書き込みをしました。すると、動画の存在を知らなかった人たちが視聴し、シェアしてくれました。そのお陰で再生回数が伸び、今は100万回再生を突破しています。

 「Journey Across Japan」に対するヘイトメールが届いた時は別として、無収益化された時と、3本の渾身の動画のパフォーマンスが振るわなかった時は、ひとつのプラットフォームに依存するリスクの高さを痛感しました。YouTubeに何かあれば、収入が断たれてしまう。なので、私は常に「Abroad in Japan」をYouTubeという枠にとどめることなく、ブランド化するべく、TwitterやInstagram、Podcast、Facebookといった複数のプラットフォームで展開しているのです。

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