東北在住の英国人が、教師を辞めて世界的YouTuberになるまでの話

東北在住の英国人が、教師を辞めて世界的YouTuberになるまでの話

 世界に向けて日本の魅力を発信し続けている英国人YouTuber、クリス・ブロードによる連載『ガイドブックに載っていない日本』。第三回は、「教師からYouTuberへの転身」をテーマにお送りする。英語教師として憧れの日本に移住し、悩みながらも“自分らしい授業”を確立。生徒からの信頼も集まり、やりがいも感じられるようになってきたなかで、クリスはなぜ安定した職を手放し、借金をしてまで日本でYouTuberになろうと決意したのかーー。福島の真実を伝えたドキュメンタリー作品、限界に挑んだ自転車日本縦断企画「Journey Across Japan」の裏側など、専業YouTuberとして歩み出したクリスの奮闘が語られる。

第0回:外国人YouTuberである僕が「日本人が見落としている日本の魅力」を伝えるためにできること
第1回:外国人YouTuberの僕が、“奇妙ではない”日本のアイデンティティに惹かれた理由
第2回:外国人YouTuberの僕が、東日本大震災翌年に移住した日本で感じた“難しさ”

ひとつの場所にとどまらない勇気を

 教師をしていた頃は、教鞭をとる傍ら月に1本のペースで動画をアップしていました。幸いなことに作品が評価され、教師を辞める頃には登録者が10万人を超えました。

 私はもともと10万という数字をひとつの目安としていました。登録者が10万人に達したらビジネスとして成り立つだろう、本腰を入れてYouTuberになるべきだ、と考えていたのです。全力で動画を作り、1万人程度の登録者で止まっていたら、教師という仕事を続けていたと思います。

 ひとつの場所にとどまらないことーーその場所で成功体験を得て、安定が保証されている場合において、そこから離れることには勇気が必要です。私は大学を休学し、ダブルワークをしていた時期に、その勇気を学びました。

 ダブルワークというのは、お城でのウェイター業務と、電力会社でのデータ入力業務。電力会社での仕事は恐ろしいほど退屈で、ウェイター業務のほうが圧倒的に楽しかったことを覚えています。イギリス王室のアンドリュー王子や歌手のトム・ジョーンズが来たこともありましたし、イーロン・マスクの誕生日会が開かれたときは彼にバースデーケーキを運んだりもしました。イギリスではお城で結婚式を挙げるのが人気なので、ウェディングも100件以上、手伝ったものです。

 きらびやかな時間が過ぎ去った後、だだっ広い敷地の中を掃除して周り、最後に施錠する際には、軽いホラー体験だって楽しめます。イギリスはオカルト話が豊富で、そのお城もご多分に漏れず「幽霊が出る」と言われていました。ホラーという意味では、ウェディング中に新婦さんのドレスにラム肉のミントソースをぶちまけてしまったことがありました。あの時は冷や汗をかきましたね。

 ひとつの場所にとどまらないようになったのは、電力会社での就労経験があったからです。その会社は給料は無難で安定があり、長年勤める人も少なくありません。しかし、私は映画や音楽の世界のように冒険的な人生を送りたいと思っていました。私の祖父母は仕事で、ポーランドやチュニジア、イスラエル、インドネシアなどの国に住んでいました。海外での暮らしぶりや、そこでしかできない経験を祖父母から聞かせてもらっていた私は、いつしか海外生活に憧れを抱くようになりました。映画を見るようになると、正解中を飛び回っているジェームズ・ボンドにも惹かれました。憧れは次第に世界を旅するフィルムメーカーになるという夢に形を変えていきました。

 ところが、どんなに大きな夢を抱いたところで、オフィスで仕事をしていたのでは望む生活は手に入りません。自分に対する期待値が高く、希望に溢れていたとしても、オフィスワークをしていると叶いません。

 幸いなことに、私はお金や知名度には興味がありません。ただ、80歳になった時に人生を振り返り、「見て、こんなに格好いいことを成し遂げたんだ! 」と言えるようになりたいのです。ファミチキばかり食べているので、実際の寿命はそこまで長くないかもしれませんが、だとしても、誇れる人生をおくれるようになりたいのです。だから、私は今でも80歳を迎えた自分の姿を想像し、どんな人間でありたいかを考えています。もし明日死んだとしても、充実した日々を過ごしたいのです。そして、その充実した日々を送らせてくれるのが、私にとってのフィルム製作なのです。

 オフィスワークの経験からは多くを学びましたが、成長を止めないために、その場から飛び出したいと痛感させてくれたことは大きな収穫だったと思っています。

教師を辞め、仙台に移る

 私が教師を辞めたのは、YouTuberとしての活動に本腰を入れるためだけではありません。「教師を続けることで得られるものがなくなった」と感じたことも大きな要因でした。

 教職を通じて多くのことを学び、自分にしかできない授業もできるようになった。それは貴重な経験でしたが、この先、同じことを何年も繰り返した先に、新たなキャリアが拓けるとは思えなかったのです。そしてそれは、かつてオフィスワークから飛び出したときと同様に、私にとって「動くときが来た」ことを意味していました。

 そうしてYouTuberとして生きることを決めた私は、迷わず仙台に拠点を移しました。

 私が赴任した山形県は、JETが選んだ場所です。当初は神戸を希望していましたが、私は運命論者なので、北海道でも沖縄でも、千葉でもいいと思っていました。実際、住んでみれば山形は素晴らしい土地で、不満はありませんでした。しかし、YouTuberになるなら別です。

 まず、YouTuberとして活動を広げる上で東京に頻繁に出ることを考えると、乗り継ぎが発生する山形では不便だった。仙台なら新幹線で一本ですし、前出のRyotaroが拠点としており、東北エリアの観光業に強いコネクションを持つ彼と組めば、コラボレーションしながら東北の観光に力添えできると考えたんです。

 また単純に、日本の都会に住んでみたかったのも理由のひとつです。それも東京とは違い、仙台は都会でありながら20分も移動すれば自然豊かな山々がある。また、新幹線を使えば東京まで2時間ですが、同じ時間、車に乗れば、慣れ親しんだ山形の酒田にアクセスできる。来日してからの交友関係も維持できる、最適な場所が仙台だったのです。

 この時期、登録者数が10万人を超えたことで自信がつき、さらなる高みを目指そうと銀行から100万円を借り入れました。そのお金を使い、より高クオリティの映像を作ろうと思ったのです。不安はありましたが、結果的にYouTubeの収益だけで返済することができました。リスクを取ったことで、より多くの日本に興味がある人たちを魅了することができました。

職業YouTuberとして

 イギリスではいまだにYouTuberの地位が低く、「職業はYouTuberです」と言おうものなら、一笑されて終わり。そうでなくても、特に50代以上の人たちは「ああ、そう」と受け流すか、「いくらくらい稼げるの?」と聞いてくるかのどちらかです。だから私は、イギリスではYouTuberではなくフィルムメーカーを名乗ることもあります。たとえ一本もフィルムを撮ったことがないとしても、YouTuberを名乗るより真面目な職業についていると受け取られるのです。

 一方、日本ではYouTuberの認知度は高く、近年でひとつの職業として確立しており、チャンネルの知名度に比例して仕事がしやすくなってきています。「Abroad in Japan」は現在、登録者数200万人以上で内容も至って真面目。そうすると、撮影の事前許可もスムーズですし、見ず知らずの人たちに協力を仰いで出演してもらうこともありますが、活動の内容を説明すれば圧倒的に多くの方が快諾してくれます。

 私はYouTuberとしての仕事を心から楽しんでいます。YouTubeを通して様々な出会いをしましたし、普通ではできない体験もしてきました。

 例えば、新幹線のグランクラスに乗ったり、“幽霊旅館”を訪れたり、津波のドキュメンタリーを作ったり、海外でも人気の高いアーティストであるHYDE(L’Arc〜en〜Ciel)さんに1週間の密着インタビューをしたり。ひとつとして同じではない、冒険的な経験をすることができました。

 こういった活動を通して、違う世界の住人になれたような錯覚を覚えます。自分のYouTubeチャンネルを作れば、自分がやりたいことだけに情熱を注ぎ続けることができ、そのなかで見聞が広がっていく。やはり自分が好きなことに注力するのが重要で、私の場合、外に出ずに部屋の片隅で商品を紹介したり、YouTubeの人気コンテンツだからと前職をいかして英語を教えていたのでは、すぐに飽きてしまったことでしょう。

 動画のアイデアはYouTubeのコメント欄に寄せられたものから選ぶこともあれば、企業からのアプローチからもたらされることもあります。オファーをうける判断基準は、面白そうな絵を撮れるのか、視聴者が見たい絵を撮れそうかどうかです。

 新幹線のグランクラスに乗ったと言いましたが、これはJRのオファーがあったからです。おそらくJR側としては、訪日外国人旅行者を対象にした「JAPAN RAIL PASS」の宣伝をしたかったのだと思います。しかし、私はJAPAN RAIL PASSには興味が湧かず、「グランクラスを撮らせてくれるのなら」と条件を出させてもらいました。簡単には許可がおりませんでしたが、最終的に東京ー宇都宮間のグランクラス一車両全てを撮影のために押さえてもらうことができました。

 20〜30分という短い間で全てを撮影するのだから、それは大変な作業でしたが、視聴者が喜んでくれる動画を撮れました。外国人旅行者向けの特別企画乗車券には興味がなくても、1席7万円のグランクラスなら、どんなにすごいのだろうと興味を持つ人は少なくありません。それはコンテンツとして強い、ということです。

 一方で、企業のオファーを受けた大掛かりなものでなく、クローゼットにしまっていた教員時代の思い出が詰まった箱の中身を眺めていたら閃いて、200万回再生のヒットになった動画もありました。英語教師時代について話した動画ですが、日本で英語教師になりたい外国人は思っている以上に多く、需要があった。このように全ての経験が、YouTuberとしての活動に生きています。

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