“シマケン”佐野晶哉、“吾郎”甲斐翔真ら 『風、薫る』はなぜ“強い男性”を描かないのか

『風、薫る』はなぜ強い男性を描かないのか

 そして吾郎である。職業軍人という、直美の信条と相いれない出自を持つ吾郎は、実直さの塊のようなキャラクターだ。病院で出会った直美との第一印象は互いに良くなかったはずだが、吾郎は直美の仕事ぶりにほれる。当初、吾郎は直美の眼中になかったが、一途な吾郎の思いが伝わり、いつしか直美のほうが吾郎を好きになる流れは、本作の貴重な胸キュン要素を担っていた。

 軍人の吾郎は決して弱い人間ではない。しかし、吾郎の強さは、あくまで守るための強さで、誰かを傷つけるために銃剣を振るう人物ではなかったはずだ。少年のような吾郎は、軍服の第2ボタンをわざと外して、それを直美が一生懸命に縫い付けるのを見るのが好きという、いたずらっ子の側面もある。ピュアさを秘めた吾郎の性格は、死のエピソードに表れている。台湾で負傷し、広島の陸軍予備病院で治療を受けたものの予後は芳しくなく、惜しくもこの世を去った。直美と旧知の多江(生田絵梨花)の前で、愛する人を思いながら号泣した吾郎は弱さを隠さない男性だった。

 「弱さの肯定」は今作において重要なモチーフである。人間は傷つき、病み、老いる。看護婦にとって、どんな患者も治療して、守る対象となる。

 虎太郎は、りんが幼い環(宮島るか)を連れて東京へ行く際に手助けをし、後に上京して製薬会社の社員となる。りんへの思慕は虎太郎の中で大きな部分を占めており、医療に関する仕事に就いたのも、そのあらわれといえる。後ろ盾のない虎太郎には、身一つで成功するしかないという思いがある。それがある種の上昇志向に転化するのだが、努力が実る頃には虎太郎は世間を覆う立身出世主義に染まっていた。その姿はかつての優しくて素朴な虎太郎とは違っていた。

 虎太郎は自ら志願して日清戦争で朝鮮に渡るのだが、帰ってきたときには別人のようになっていた。戦場で見聞きした出来事は虎太郎にショックを与え、自らの生き方を省みさせるのに十分だっただろう。力の支配の極致のような戦争は、虎太郎一人の存在など取るに足りないことを思い知らせたはずだ。心が壊れてしまった虎太郎にりんは寄り添って、こう言った。

「あの頃とおんなじ。優しい虎太郎のまま」

 戦場で仲間の死に心を痛める虎太郎の中には、あの頃と同じ優しさがあった。傷つく虎太郎の描写は、虎太郎の優しさの裏返しでもあった。

 シマケンや吾郎、虎太郎が見せた挫折の苦悩や涙、弱さの表現は何を意味するのか? 彼らは、当時まだ珍しかった看護や女性が自立して生きることに理解を示しており、その点で周囲より進んだ考えを持っていた。その上で、弱さを隠さない彼らは、強い人間にも弱い部分があることを示している。

 過去に題材を取ることが多い朝ドラでは、往々にして男性キャラに記号的な強さを付与する傾向が強かった。弱さを見せるのはごく例外的であり、それが作中で強い男性の演技として表現されていた。

 しかし、それらは時代によって押しつけられた役割にすぎない。つらい、痛い、苦しい。タテマエの裏側には本音があって、その苦しみを照射することは、看護とは何かを問う今作において避けて通れないプロセスだ。だからこそ、主人公の周囲に配置される主要キャラに弱さの表現を担わせたのではないか。

 それは女性であっても変わらない。看護は命を慈しむもので、命は平等だからだ。同時に、男性キャラクターにとって、類型的に描かれてきた男らしさの描写を解き放つ意味合いもある。再登場した亀吉は、以前は男らしさに縛られているように見えたが、歳月の経過が亀吉にも何らかの変化をもたらしたと信じたい。

 今作の根底には「ケア」の精神が流れている。作り手がそれを登場人物の造形に取り込んだ『風、薫る』は、ドラマのジェンダー表現に新しい風を吹きこんだと言えるだろう。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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