『風、薫る』村上穂乃佳の芝居はなぜ心に残る? セツの“諦念”を伝える静かな表現力

『風、薫る』村上穂乃佳はなぜ心に残る?

 朝ドラ『風、薫る』(NHK総合)がある日常も、残すところあと1カ月を切った。本作のヒロインである一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)は、いくつもの出会いと別れを経験し、患者たちに親身になって寄り添う看護師として、ここまでの人生を歩んできた。その道のりの過程では、思いがけぬ人物との、思いもよらぬ再会があることもある。そう、彼女たちは魚住セツという懐かしい人と再会したのだ。演じているのは村上穂乃佳である。

 本作は、激動の明治の世を舞台に、ふたりの“トレインドナース(=正規に訓練された看護師)”の活躍を描くもの。もしも何かひとつでも条件が異なれば、りんと直美の人生は交わらなかったかもしれない。しかし、いまやふたりは“最強のバディ”そのものだ。これから先にまだいくつもの困難が待ち受けているのだろうが、このふたりなら大丈夫。彼女たちの動向を追ってきたすべての視聴者が、そう思っているに違いない。

 そんな彼女たちの人生との接点を持つセツとは、もとはふたりの患者である。当時のセツは女郎で、男とともに服毒自殺を図った末、りんたちの看護実習先である内科に運び込まれてきた。どうにか一命を取り留めたものの、生きながらえてしまったことに絶望していた姿が強く印象に残っている。生きているかぎり、女郎の宿命からは逃れられない。演じる村上はこれを感情的に訴えることなく、そっと静かに語ってみせていた。彼女の声と表情から感じるのは、まさに“諦念”と呼ぶべきものだっただろう。

 そのセツの人生が、再びりんと直美の人生と交差することとなった。絶望していた当時の彼女は、りんたちの必死の働きかけにより、女郎からの足抜けに成功。だから私たちは心のどこかで、セツが自分の好きなように生きているものと思っていた。いや、そう思い込もうとしていたというべきか。足抜けした彼女は自由の身にはなれたものの、女郎の世界しか知らなかった。読み書きもできない。だからどこまでも自由な世界で、大きな不自由を経験したらしい。再び『風、薫る』の世界に姿を現した村上は、以前と変わらず感情的な表現に頼ることなく、セツの人生をそっと示してみせている。

 たびたびその人生がりんと直美の人生と交わる人物といえば、あの詐欺師の寛太(藤原季節)もそうだ。というより、派出看護を目的として直美が立ち上げた「恵風看護婦会」の活動を阻害し、評判を貶めているのが、じつはこの寛太である。現在の彼は資格のない女性たちを看護婦として雇い、派出看護での荒っぽい稼ぎ方をしている。そこで働くひとりが、セツというわけだ。

 この展開には思わず、唸ってしまった。「朝ドラ」とは、半年という長い放送期間をかけて、特定の人物の人生を描いていくもの。そしてその道中で出会った誰かから大きな影響を受けることがあれば、こちらから他者に与えていることもある。そんな登場人物のひとりが寛太であり、セツだ。このふたりの人生がなければ、いまのりんと直美はいないだろう。その特別なふたりの人生が、りんと直美の知らぬところで交わり、また彼女たちの人生とも交差したのだ。聞けば寛太が指揮を執っている派出看護は、やむにやまれぬ事情でやっているのだという。直美たちはセツの人生を好転させたかに思えたが、別の視点から見ると、じつはそればかりではなかったのだと分かる。『風、薫る』もまた、「人生」というものを丁寧に描いている。

 そして、寛太を演じる藤原季節ももちろんのこと、セツという、りんと直美にとっては忘れられない人物に村上穂乃佳をキャスティングし、ここで再登場させる展開にも唸らずにはいられない。セツは以前と変わらず、恵まれた暮らしを送っているとはいえないらしい。だがしかし、精神的には以前と比べものにならないほど、豊かなように思える。その表情に注目してほしい。そこにかつての“諦念”はなく、とても柔らかい。力なく笑う姿にはこれまでの過去がにじむが、それはかつての絶望などとはまったく異なるものだ。こういう違いをさりげなく表現してみせるのが、真の演技者というものだろう。村上のような力のある俳優の存在によって、『風、薫る』の世界は深みを獲得しているのだ。今後のセツの動向はもちろんのこと、本作以降の村上の活動が気になって仕方がない。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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