『タイタニック』はなぜ日本で絶大な人気を誇るのか? 人々を惹きつける“身分違いの恋”

日本人に刺さる「身分違いの恋」
「身分違いの恋」の物語は、洋の東西を問わず古くから愛されている。西洋では『高慢と偏見』(1813年)や『ジェーン・エア』(1847年)、そして映画『プリティ・ウーマン』(1990年)などが思い浮かぶのではないだろうか。日本でも『源氏物語』(1008年)にはじまり、『花より男子』(1992年~2004年)や『わたしの幸せな結婚』(2019年~)など、世界最古の小説から現代の漫画まで、さまざまなメディアで愛されてきたテーマだ。身分の高い男性に、貧しい、あるいは平凡な女性が見出される展開は、ラブストーリーの王道だ。
しかし一歩立ち止まって考えてみると、日本の「身分違いの恋」の物語には、女性の方が地位が高い作品も多いことに気づく。西洋でも『嵐が丘』(1847年)や『ローマの休日』(1953年)、『きみに読む物語』(1996年)など、女性上位の作品はある。しかし日本では、浄瑠璃および歌舞伎の人気演目である『曽根崎心中』(1703年)や『伊達娘恋緋鹿子(八百屋お七)』(1773年)から、小説『春琴抄』(1933年)、『斜陽』(1947年)、『潮騒』(1954年)まで、女性のほうが社会的地位が高い、あるいは裕福である作品は数え上げればきりがない。身分の高い女性が、低い身分の男性との恋に悩む日本の物語では、女性たちはある意味「執着」ともいえるほどの強い想いに突き動かされて変わっていったり、驚くような行動に出たりする。ローズもまた、ジャックへの想いに突き動かされて変わっていく様子が描かれており、「恋によって変わる女性」は日本人好みのキャラクターといっていいだろう。『伊達娘恋緋鹿子』のように、日本の作品では「変わる」方向性も良し悪しなのだが、ローズは良い方向に変わった例といえる。
また西洋の「身分違いの恋」の物語には、社会の制約を乗り越えて結ばれるハッピーエンドが多いのに対し、日本の作品は悲劇的な結末を迎えることが多い。『タイタニック』の結末は日本で古くから愛される作品に近いものがあり、その点こそ本作が日本でヒットした最大の理由だと考えられる。
「身分差」「人間の傲慢さ」を可視化するジェームズ・キャメロンの手腕
監督のジェームズ・キャメロンは、ジャックとローズの恋を通して、当時の身分差別を痛烈に批判している。2人の身分差は映画序盤ではっきりと描写されている。それは、三等デッキにいるジャックが一等デッキにいるローズを見上げているシーンだ。身分の違いを物理的な高低差で表現したこのカットでは、タイタニック号自体が階級社会の象徴であることを示している。
また、ローズの苦しみがきついコルセットに象徴されていたり、キャルがローズを高価な宝石と同じく自分の所有物のように扱ったりと、さまざまな暗喩も散りばめられている。傲慢で空虚な上流階級の社会に、前述したジャックの機転の利いた会話が刺さるのも、痛快な批判だ。また映画後半の見どころであるタイタニック号の沈没は、近代科学を過信し、自然を侮るという「人間の傲慢さ」を象徴している。人生を変えるようなラブストーリーとスペクタクルを描きながら、キャメロンの視線は一貫して批判的だ。「身分差」や「人間の傲慢さ」は、のちの『アバター』シリーズにも受け継がれる、キャメロンの創作のコアになるテーマなのだろう。
そんな『タイタニック』が、9月4日と11日の2週に渡って『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で放送される。4日に放送される前編では、ジャックとローズの恋のきらめきを感じることができるだろう。しかし後編で描かれる2人の恋の結末こそが、本作が日本で愛される理由だ。『タイタニック』は情熱的なラブストーリーと壮大なディザスタームービーとしての表層を持ちながら、根底では『曽根崎心中』や『斜陽』などに通じる日本的な美と驚くほどシンクロしている。そうした視点で本作を観てみると、今までとは違った想いを抱くのではないだろうか。ぜひ前編も後編も楽しんでほしい。
■放送情報
『タイタニック』
【第1夜】日本テレビ系にて、9月4日(金)21:00〜22:59放送※ 5分拡大
【第2夜】日本テレビ系にて、9月11日(金)21:00〜22:54放送
出演:レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット、ビリー・ゼーン、キャシー・べイツ、ビル・パクストン
監督・製作・脚本・編集:ジェームズ・キャメロン
声の出演:石田彰、冬馬由美、江原正士、一城みゆ希、堀内賢雄
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