『Tシャツが乾くまで』が“正しさ”を揺さぶる “咲子”蒼井優が隠してきた“本当の顔”

感じの良さは、咲子の防御だったのか

感じが良いというのは、オープンに人と親しくなろうとする気持ちの表れに見える。けれど、咲子の場合は、相手にはおそらくわからない自分の内側へ、「わかるわかる」と雑に入り込ませないための警戒心の表れだったのかもしれない。
むしろ、うっすら感じが悪いくらいのときのほうが、無防備ということもありそうだ。その毒を見せても大丈夫な相手。もしくは、気を張らずに話ができる相手にしか見せない顔。
咲子の人当たりの良さについて、「相当無理をされたんだと思いますよ」と見たのは、最も関係が薄い宮内だ。とはいえ、充をはじめとする近しい人たちが見ていた咲子よりも、宮内がその瞬間に見抜いた咲子のほうが、本質に近いというわけではない。ただ、その距離だからこそ見えた顔があったということ。
咲子と充の間にあった「言いたくないことは言わなくていい」ルールを、咲子は今回も貫いている。ルールを守るというのも、あるときには誠実に映るが、あるときには融通の利かなさにもなるから不思議だ。
世間一般には、夫婦なら何でも話すべきだと思われるかもしれない。それでも、言わないことを許し合うというルールが、二人の関係を守ってきた。しかし、それまで保たれていた均衡は崩れた。以前と同じ場所に、同じ咲子として立っていることができなくなった。単純に充のしたことが許せないという怒りではなく、「またいつ失踪するかわからない人」という、これまで知らなかった充の顔を知ったいま、どう接すればいいのかわからないのかもしれない。
宮内が「死んでるかもしれないですね」と話したとき、「そんなまた大げさなことを言って」と思って見ていた。けれど、ある意味では、充の前で生きてきた咲子は、本当に死んだのかもしれない。
正論からこぼれ落ちるのが人間ドラマ

愛する人が悲しむとわかっていても、自分自身まで不幸になるとわかっていても、そうせずにはいられない衝動がある。「黙っていなくなるのはよくない」「夫婦なら隠し事をするべきではない」。正論だけを並べれば、そうなる。それでも、理屈では間違っているとわかっていながら、止められない。充もそうであり、咲子もまたそうだったのではないだろうか。
充の失踪と、咲子の家出。愛する人を嫌いになったわけではない。それでも、その人のもとへは帰りたくない。その気持ちは、果たして正しいのか、間違っているのか。きっと簡単に答えを出すことはできない。まして、まだ語られていない事情があるとするならば、なおさらだ。外から見れば、直人のように「なぜそうなる?」とツッコミたくなる。けれど、そんなふうに正論からこぼれ落ちる人間がいるからこそ、ドラマは生まれる。
私たちは、関係性のなかで生まれる顔の数だけ、異なる自分を生きている。そして、その一つひとつの関係性が、自分を縛りつける重りであると同時に、そこにとどまる理由となり、自分の輪郭を作っている。宮内の言う「私たちの知らない瀬尾咲子」とは、どこかに隠されていた本当の姿ではない。まだ私たちが知らない誰かとのあいだに、別の咲子がいる、ということなのだろう。
他人の関係の断片まで可視化される今、本来その人たちの間にしかなかったものへも、外側から「正しさ」が持ち込まれる。私たちはその都度、目の前の出来事を自分自身の「正しさ」に当てはめる。理解できるか、できないか。正しいか、間違っているか。そう考えては、割り切れないものにモヤモヤせずにはいられない。それこそが、私たちが人と人との間に生きている証なのだろう。つくづく、人間とはなんとも悩ましい生きものだ。だからこそ、このドラマはこんなにも咀嚼しがいがある。
■放送情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
U-NEXTにて、各話放送直後より配信
Netflixにて配信中
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、夏帆、松山ケンイチ、リリー・フランキー、臼田あさ美、齋藤飛鳥、庄司浩平、久保田薫、飛永翼ほか
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs




















