『ミッドナイトタクシー』はなぜ心に響くのか 兵藤るりが描く“訳ありな人生”の機微

『ミッドナイトタクシー』はなぜ心に響く?

 『わたしの一番最悪なともだち』の頃からさらに強化された「台詞の洗練性」にも感心させられる。『ミッドナイトタクシー』のように登場人物が多いうえに、短い登場シーンの中でその存在を刻みつけなければならない展開では、それぞれの人物の背景や来し方を、どれだけ説明台詞に陥らず、自然に表現できるかが勝負だといえる。

 たとえば第1週で登場した、幼い頃に父親と生き別れた40代の女性(山田真歩)が父の居場所を突き止め、象子のタクシーに乗って追いかけるというエピソード。道中、息子(萩原護)の質問に答えるかたちで彼女の来し方が明かされる。

 「捨てられた」という思いから、彼女は父への積年の恨みを吐露するのだが、今は愛する家族を持ち、幸せに暮らしているのだということが、ちょっとしたやりとりや台詞の端々から伝わる。息子に初めて恋人ができたことを密かに喜ぶ彼女の、母としての表情。汗だくになって自転車で追いかけてきた夫(小手伸也)が彼女の手を包み込む仕草。最小限の台詞とアクションから最大限の背景が見える。兵藤はこうした、日常的な会話や動作から「人となり」を巧みに描き出す作家である。

 象子は、あくまでもタクシーの運転手として乗客に干渉しすぎず、相手のパーソナルスペースを尊重する。この距離感が、いかにも令和のドラマらしい。象子は乗客たちのさまざまな「人生の一瞬」を目の当たりにしながらも、ポーカーフェイスを貫くが、その都度彼女の心は静かに動かされている。30歳の誕生日を目前に、象子は「人生の大掃除」と称して、自らの生き方を見つめ直し、自分を捨てた母親と対峙しようとする。

 冒頭で「『訳あり』の乗客たち」と書いたが、「訳」のない人なんて、この世にはいないのだ。皆それぞれに事情を抱えて、ときにつまずき、ときに涙しながら、どうにかこうにか生きている。象子は客の事情に踏み込まない。けれど、確実に乗客の人間模様から影響を受けている。このドラマを観て、人間社会とは多かれ少なかれ、相互関係なのだと、改めて気づかされる。

 最後に、この作品を制作したNHKの「夜ドラ」という枠についても触れておきたい。先述の、兵藤の連続ドラマデビュー作『わたしの一番最悪なともだち』や、コロナ禍の市井の人々が「今を生きる」姿を描いた『あなたのブツが、ここに』(2022年)、仮想空間を介して人間の深淵を覗いた『VRおじさんの初恋』(2024年)など、スポンサーに依拠しないNHKならではの、多岐にわたるテーマを掘り下げた良作が並ぶ枠だ。ギャラクシー賞ノミネートおよび受賞の常連でもある。

『ひらやすみ』岡山天音のヒロトはなぜ“いい”のか 悩める現代人を救った最高の実写化に

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 同枠で2025年に放送された『ひらやすみ』は、阿佐ヶ谷の平屋で暮らす主人公・ヒロト(岡山天音)のゆる〜い日々を描いた。究極の「日常系ドラマ」でありながら、人間の尊厳とは何か、いちばん失ってはならないものは何かを繊細に描き出し、放送文化基金賞やATP賞をはじめ、数々の賞を総なめにした。

 兵藤るりや森野マッシュ(『VRおじさんの初恋』の脚本を担当)など、優れた若手脚本家をいち早く起用したり、地上波ではどこも取り組んでいないテーマに挑んだりと、ドラマファンの厚い支持を誇る「夜ドラ」枠。最新作の『ミッドナイトタクシー』では、WOWOWに制作を外注するという新たなチャレンジをしている。

 本作のシネマライクな映像作りや豪華なキャスティングに、「非地上波でのオリジナルドラマ制作」の先駆者としてのWOWOWの底力が垣間見える。本田隆一や宝来忠昭など、民放の深夜ドラマで鳴らしたあと各局プライムタイムの話題作や映画で活躍する監督陣による演出も見ものだ。

 「夜ドラ」の新たなエポックメイカーとなりそうな『ミッドナイトタクシー』は、書き手である兵藤るりが、象子と同じく「30歳目前」という自身の心境を重ねているようにも思える。物語の終わりに、象子はどんな答えを見つけるのだろうか。月曜日から木曜日の15分間、後半戦も見守りたい。

■放送情報
夜ドラ『ミッドナイトタクシー』
NHK総合にて、毎週月曜から木曜22:45~23:00放送(全32話)
※NHK ONE(新NHKプラス)で同時・見逃し配信予定
出演:古川琴音、中村蒼、伊藤万理華、小林桃子、和久井映見、竹中直人ほか
作:兵藤るり
音楽:Kan Sano
演出:本田隆一、宝来忠昭、平林克理
プロデューサー:松本太一(WOWOW)、若林雄介(パイプライン)
制作統括:加茂義隆(WOWOW)、樋口俊一(NHK)
写真提供=NHK

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