「アニメの時代」を振り返る:2016~2026
アニメ史を変えた2016年 『君の名は。』の陰で動きはじめた『名探偵コナン』の巨大興業化

夏の2大ヒット作に上書きされた『純黒の悪夢』の印象

『純黒の悪夢』公開当時は、どのように受け止められていたのだろうか。興行収入は3週連続トップを獲得して2016年上半期の1位の成績を獲得するも、その年、夏シーズンの2本の大ヒット映画が登場して、その記録は追い抜かれることになった。『シン・ゴジラ』と『君の名は。』だ。
当時、読売テレビのプロデューサーだった諏訪道彦氏は、2016年当時をこう振り返っている。
劇場版第1作目 『時計じかけの摩天楼』から同シリーズに関わっている諏訪。2016年に公開された20作目の『純黒の悪夢』のヒットを振り返り、「上半期1位!と喜んでパーティもやったのに、そのあと『シン・ゴジラ』『君の名は。』にトントンと抜かれた」と苦笑い。(※3)
「トントンと」という言葉には、その年の話題をあっさりと攫われたという含意がありそうだが、コナンファンはともかくとして、実際に世間がこの年の代表作として記憶しているのは、『シン・ゴジラ』と『君の名は。』であり、この2作が震災の記憶を作品に取り込んでいることもあってか、時代を代表する1本として評価されていることは疑いがない。実際に、この連載の1回目と2回目で検証したように、新海誠はこの年を境にアニメ作家として映画産業を牽引する存在になり、『シン・ゴジラ』は東宝の看板シリーズを華々しく復活させ、『ゴジラ-1.0』の世界的成功の下地を作った。
『純黒の悪夢』の印象は、この2本の巨大ヒットに上書きされてしまった部分はある。だが、10年が経過した現在、映像産業の趨勢は作家よりもIPが主導するようになった。そのことを考えると、この時代を用意した重要な作品として『純黒の悪夢』の功績は改めて再評価されるべきであろう。
なぜIP映画の方が主流になったのか

2016年は『君の名は。』のほか、山田尚子監督の『聲の形』や片渕須直監督の『この世界の片隅に』など、作家性を存分に発揮した作品が相次いでヒットした年だった。ここまで見てきたように、2016年はIP映画と作家の映画の可能性が同時に立ち上がったのに、『鬼滅の刃』や『チェンソーマン』『ハイキュー!!』など、近年年間興行収入の上位に位置するアニメ映画は、人気IPを活かした作品が多く、その後の10年でその勢いには明確な差がついている。
それはなぜなのか。
様々な要因があるだろうが、一つにはヒットの再現性の問題がある。作家のヒット作は再現が難しい。新海誠の作家性は新海誠が手掛けてこそ意味のあるものになる。一時期「ジェネリック新海誠」と呼ばれるような、青春アニメ映画の企画が増えたことがあったが(売り出し方が似ているが、実際本編を見ると新海誠の作品はだいぶ異なるものも多かったが)、いずれも『君の名は。』のようなヒットを生み出すことはできなかった(むしろ、新海作品と似たような売り出し方のせいで、各作品の作家の固有性が見えにくくなったと思う)。

ガワだけ真似しても、作家ドリブンのヒットは再現できない。「仏造って魂入れず」ではないが、新海誠のガワに別の魂を入れてもうまくいかない。作家は固有の存在だからこそ価値があるのであって、再現できない性質のものだ。
一方、IPドリブンの映画はどうか。当然『名探偵コナン』シリーズとて、毎年手を変え品を変え、工夫を凝らしているわけだし、各監督・脚本家の特色もあるが、基本的には同一の世界観とキャラクターを活用して、ある程度の再現性を担保しやすい。少なくとも作家がゼロから作った作品よりも安定したヒットが見込みやすいのは事実だろう。長く続くシリーズなら、何がファンに受けているのかも可視化しやすい。
2016年を境にアニメが興行の主役となったことは間違いないが、その内実として作家とIPのせめぎ合いの結果、IPに業界全体が傾倒したのもまた、その仕組みの問題としては必然だったと言える。
そして、人気キャラクターを多く抱えた作品ほど、その再現性は高い。『純黒の悪夢』の2年後、劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人(しっこうにん)』が興行収入83億円(2018年6月時点)を記録するが、この企画はプロデューサーの諏訪氏によれば、「『純黒の悪夢』で赤井秀一、安室透のバトルが非常に好評だった」ことで、安室の物語を描くことにしたという。(※4)あれは、人気キャラクターの再登板によるヒットの積み増しだったわけだ。
今では劇場版『名探偵コナン』シリーズは、人気キャラクターを登場させるだけでなく、新たな人気キャラクターを生み出す原動力ともなり得ている。今年(2026年)の劇場版『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』では萩原千速が主人公格として活躍するが、彼女を中心に据えることは2022年公開の劇場版『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』の頃には決まっていたらしい。(※5)
千速は原作マンガでは2021年に登場、テレビアニメでは2023年に初登場なので、アニメに登場する前から映画で主役をはることが決まっていたことになる。この劇場版をきっかけに千速の人気は上昇していくことになるだろう。
『名探偵コナン』シリーズは、映画でIPを活かすのが圧倒的に上手い。キャラクター人気で映画を人気にして、今度は映画が人気キャラクターを生み出すという好循環が生まれている。
2016年を捉えなおす
2016年以降、日本の映画産業は明らかに「アニメの時代」に突入した。しかし、その原動力となったのは『君の名は。』だけではない。むしろ、『純黒の悪夢』が示したIPの興行ポテンシャルがその後の日本の映画産業を決定づけたのではないか。
時間をかけてファンダムを積み重ねた作品の人気を可視化し、その人気を爆発的に伸ばすことができる映画館という場所の価値が認識された年として、2016年はきわめて重要な年である。
華々しい作家の活躍の影で、IP興行の価値を証明した年。2016年という年は、そう改めて評価し直す必要があるのではないだろうか。
なお今回「IP」と一口に論じてきたが、次回は「そもそもIPとは何か」について論じていく。
参照
※1. https://jfdb.jp/title/6303
※2. https://www.ytv.co.jp/fromytv/news/number/page_2002126.html
※3. https://natalie.mu/eiga/news/288970
※4. https://natalie.mu/eiga/news/288970
※5. https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/01381/00005/






















