『トイ・ストーリー』が愛され続けるワケ おもちゃが描く“アイデンティティの喪失”と成熟

完璧にはなれない自己受容への苦しさ

一方で、ウッディの対極に位置するバズの精神的変転もまた、本作における重要な要素である。彼は当初、自分が本物のスペース・レンジャーであり、宇宙を救う使命を帯びているという強固な信念(あるいは妄想)の中で生きている。空を飛べると信じて疑わない彼の姿は、野心に満ち、自らの無限の可能性を信じて疑わない人間の若者のようだ。
しかし中盤、彼はテレビCMを見ることで、自分が何百万個と大量生産されたプラスチックの玩具の一つに過ぎないという残酷な真実を知る。広大な宇宙(世界)において、自分は決して特別な存在ではなく、取るに足らないちっぽけな存在であるという事実。自らのアイデンティティの根幹であった「飛べる」というアイデンティティを証明しようと階段から身を投げ、無残に墜落して片腕を失うシークエンスは、本作で最も胸を締め付ける瞬間だ。
妄想という、心を守っていたブランケットを剥ぎ取られたバズは、深い抑鬱状態に陥る。自分が無力な「ただのおもちゃ」であるという事実を受け入れることは、辛い。人は皆、どこかで自分の限界を知り、完璧な存在にはなれないという現実と折り合いをつけなければならない。バズの絶望は、私たちが成長の過程で経験する、自己の凡庸さとの直面そのものでもあるのだ。
「必要とされること」から「愛されること」への気づき
しかし、本作は単にそういった成長過程の(そして大人になってからも実感し続ける)痛みを提示して終わるわけではない。シドの家からの脱出劇を通して、ウッディとバズは実存的な危機に対するひとつの答えを見出していく。そのヒントは、絶望するバズに投げかけたウッディの言葉の中にあるのだ。
「あの家には、君のことを最高だと思っている子供がいる。それは君がスペース・レンジャーだからじゃない。君が彼のおもちゃだからだ」。
私たちがこの世界で価値を持つのは、客観的に優れているからでも、完璧だからでもない。特定の誰かにとって、代えがたい存在であるという事実。それこそが、存在の意義を満たすのだとウッディは語りかける。
そしてウッディ自身もまた、大きな精神的成熟を遂げる。彼は、「愛されること」は「常に中心にいて必要とされること」とは違うのだと学ぶ。アンディがいまスペース・レンジャーに夢中だからといって、カウボーイと過ごした温かい記憶や愛情が消え去ったわけではない。それに気づいたウッディは自分の自信の揺らぎを解決することが、目の前のバズを排除するのではなく、自分自身に向き合うことだと理解し、彼と協力することを選ぶ。計画を立てて皆を導くウッディと、自らの行動で活路を開くバズ。2人はそれぞれが主人公的な核を持つ点で似ているけど、本質的には異なる個性を持っている。他者と直接的に比較して役割を奪い合うのではなく、ありのままの自分でいられる独自の居場所があると“信頼”すること。その自身に対する信頼こそが、自分が受けられる、感じられる、愛の真髄なのだと本作は教えてくれるのだ。
映画の終盤、ロケットの推進力で空を舞う2人の姿が好きだ。バズは本物のスペース・レンジャーとして空を飛んだわけではない。彼は“カッコよく落ちている”だけ。しかし、アンディがするような子供の遊びなどイマジネーションの中では、それは間違いなく“飛んでいる”。私たちは誰も、理想通りに完璧に空を飛ぶことはできない。それでも、他者と手を携え、互いの不完全さを補い合いながら、カッコよく落ちていくことはできる。
アイデンティティの喪失という恐怖を起点にしながら、最終的には「無条件に感じ続けられる愛とは何か」という問いに対する答えに着地する。私たちは完璧でなくてもいいし、常に一番でなくてもいい。自己の欠落を受け入れることや、他者との繋がりに身を委ねることの美しさなんてものは、理解していても大人になると時々忘れてしまう。それを何度でも観るたびに思い出させてくれる、『トイ・ストーリー』とはそういう作品でもあるのだ。
■放送情報
『トイ・ストーリー』/『ニセものバズがやって来た』/『レックスはお風呂の王様』(地上波初放送)
日本テレビ系『金曜ロードショー』にて、6月12日(金)21:00〜22:54放送
※本編ノーカット
監督:ジョン・ラセター
製作総指揮:エドウィン・キャットマル、スティーヴ・ジョブス
脚本:ジョス・ウィードン、アンドリュー・スタントン、ジョエル・コーエン、アレック・ソコロウ、ジョー・ランフト
音楽:ランディ・ニューマン
吹替版キャスト:所ジョージ(バズ・ライトイヤー)、唐沢寿明(ウッディ)、名古屋章(ミスター・ポテトヘッド)、永井一郎(スリンキー・ドッグ)、三ツ矢雄二(レックス)、大塚周夫(ハム)、戸田恵子(ボー・ピープ)、市村浩佑(アンディ)
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