『風、薫る』“セツ”村上穂乃佳の旅立ちに涙 直美「好きに生きていいんです」が胸に響く

『風、薫る』“セツ”村上穂乃佳の旅立ちに涙

 “夕凪”という名前は、セツ(村上穂乃佳)にとって、自分ではない誰かとして生きることを強いられてきた時間そのものだったのかもしれない。NHK連続テレビ小説『風、薫る』第54話では、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)の看護によって体調を回復させたセツが、元いた店に戻らず、“セツ”として生きていく道を選ぶ。

 献身的な看護の甲斐もあり、セツの体調は少しずつ回復していく。そこへ再び現れたのが、権田(梅垣義明)だ。前回までの流れを考えれば、セツを連れ戻しに来たのかと思うところだが、権田の様子はどこかおかしい。口にしたのは「頼む、戻ってこないでくれ」という、これまでとはまるで逆の言葉だった。

 2度目の新聞記事が出てから、セツの話に共感した人たちが店に押し寄せるようになり、客足も途絶えてしまったという。しかも、店は焼き討ちにまで遭っていた。セツの苦しみを世に知らせるための記事が、結果として権田たちを追い込むことになったわけだ。もちろん、それまでセツを縛ってきた側の人間に同情する必要はないのかもしれない。ただ、新聞の力が人を救う一方で、別の場所に大きな騒ぎを生んでしまう。その複雑さも、この場面では描かれていた。

 権田は、新聞に記事をやめさせるならセツを解放すると言う。そこで直美は、掲載をやめさせると約束する。するとセツは、記事をやめる代わりに、かつて同じ場所にいた“夕凪”という女の子について教えてほしいと求める。それは、自分のためというより、直美のためだった。

 そんなセツに、直美は「好きに生きていいんです」と告げる。これまで名前を変えられ、生きる場所も奪われ、自分の人生を自分で選ぶことができなかったセツにとって、その言葉は何よりも必要なものだったはずだ。医療として命を救うだけではない。その人がその後をどう生きていくのかまで見ようとする。直美の看護の形が、この一言に表れていた。

 退院の日、セツは自分がなぜ“夕凪”と呼ばれていたのかを明かす。昔の夕凪と同郷だったから、そう呼ばれるようになったのだという。わかったのは、そこまで。直美の母がどんな人だったのか、今どこにいるのかまではまだ見えてこない。それでも、“夕凪”という名前がただの呼び名ではなく、確かに誰かの人生につながっていたことはわかる。直美にとっては、それだけでも十分に大きな一歩だったのではないだろうか。

 何よりも病院を去るセツの表情が生き生きしていた。初めて運ばれてきた時の彼女は、周囲を警戒し、自分に価値があるとは思えないような顔をしていた。だが、りんと直美に感謝を伝えて去っていくセツは、もうあの頃の“夕凪”ではないのだ。

 セツとの出会いは、直美にも変化をもたらした。母である夕凪についても、直美は「元気でいてくれればそれでいい」と少し晴れやかな表情を見せる。母のことを知りたい気持ちが消えたわけではないだろう。けれど、すぐに答えを見つけなくてもいい。どこかで生きていてくれれば、それだけでいい。セツを見送った直美がそう思えたことは、彼女にとって大きな前進だった。

 けれど、その裏で院長の多田(筒井道隆)は、看護科の設立に向けた計画を進めていた。看護の重要性を実感したからこそ、人材を安定して確保するために独自の養成体制を整えようと考えるのも自然な流れではある。だが、その一方で実習生の受け入れをなくす話まで出てくるのだから穏やかではない。

 セツは自由を得た。直美も、自分の看護にとって大切なものを見つけた。だが、看護婦を目指すりんと直美の前には、看護婦を目指し続けるための新たな壁が立ちはだかろうとしている。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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