“シンデレラ”から“等身大”へ 20年の変遷から読み解く“韓ドラヒロイン進化論”

欲望を解放する——ヴィラン型ヒロインの衝撃

そこへ颯爽と現れたのが、善良ヒロインという長年の神話をなぎ倒した悪役の要素を持つ、「ヴィラン型ヒロイン」だ。2020年は韓国ドラマのヒロイン史における転換点だ。『サイコだけど大丈夫』のコ・ムニョン(ソ・イェジ)は、共感力ゼロ、他者への配慮も持たず、ただ自分の欲望のままに動く童話作家だ。視聴者は彼女の傍若無人な言動に圧倒的な痛快さを感じ、熱烈に支持した。「善良でなくていい」という解放感。『梨泰院クラス』のチョ・イソ(キム・ダミ)も鮮烈だ。ソシオパスである彼女は、感情を制御できなくなっていく揺らぎが逆説的に視聴者の心を掴んだ。そして極めつけが、『ペントハウス』。上流社会への渇望を燃料にのし上がる女性たちが画面を支配し、「悪女しかいない」そのドラマは、社会現象を巻き起こした。チョン・ソジンを演じたキム・ソヨンが叫びまくるその姿は、恐いもの見たさを通り越して、視聴する手が止まらない凄まじい熱量を放った。「なぜ女性だけが清らかでなければならないのか」視聴者が画面の向こうに投影していたのは、ずっと以前からくすぶり続けていた、そんな問いだったと思う。
しかし振り子はまた揺れ返す。欲望と強さを描きつくした後に視聴者が求めたのは、強くもなく弱くもなく、ただここに生きる「等身大」のヒロインだった。
特別でなくていい——等身大ヒロインの静かな革命

2022年の『私の解放日誌』は、等身大を象徴する一作だ。特別なスペックも持たない地方出身の会社員、ヨム・ミジョン(キム・ジウォン)。通勤電車の中でただ消耗していく日々が淡々と描かれたこのドラマは、「これは私の話だ」という声を日韓両国で爆発的に引き起こした。「好きになって」でもなく、「愛してほしい」でもない。「私を崇拝してください」と、クさん(ソン・ソック)に告げるヒロインのセリフは、それまでのどのヒロインも口にできなかった言葉として、多くの女性の心に深く刻まれた。
そして2025年の『未知のソウル』。自分が何者かわからないまま都市で生きる若い女性の迷いと模索を描いたこの作品でパク・ボヨンは一人二役を超えるような、感情を豊かに伝える立体的で繊細な演技を見せた。彼女の演技は多くの視聴者の共感を呼び、高い評価を受け、2026年5月の第62回百想芸術大賞でテレビ部門で女性最優秀演技賞を受賞した。等身大型ヒロインが韓国の最高アワードでも本格的に評価される時代が来たことを示す、ひとつの証左となった。
2026年春、ヒロイン像の融合と、その先へ

この20年で積み重なってきた三つの潮流は、今春のNetflix作品群においてもはや「排他的な類型」ではなく、一人のヒロインの内側に同時に宿るものとして描かれている。等身大ヒロイン『マンスリー彼氏』のソ・ミレ(ジス)が、忙しい仕事の癒やしに選んだのは、AIのバーチャル恋愛シミュレーションであり、本作内のアプリが実際に発売されるのを望む声も多く聞かれた。『誰だって無価値な自分と闘っている』のウナは、「私には価値がない」という感覚を抱えながら出社し、他者から雑に扱われながらも、それでも誰かと心を通わせていく。「感情」を可視化できるウォッチをつけて、自分の感情を知っていく過程は、自分にもあのウォッチが欲しいと共感させる。『素晴らしき新世界』のシン・ソリは、財閥御曹司セゲ(ホ・ナムジュン)と激突しながら、愛されることの意味を問い直す。その構造には、シンデレラ型、ヴィラン型、等身大型の全ての型が溶け込んでいる。韓国ドラマのヒロインたちは、時代を映す鏡だ。自分の足で立ち、自分の言葉で語り、それでも誰かを求める。そんなヒロインたちは、きっとこれからも、私たち自身の姿を映し続ける。




















