磯村勇斗×オク・テギョン『ソウルメイト』が描く精神的な連帯 マイノリティ描写での課題も

『ソウルメイト』が内包する魅力と懸念点

 一方で、その関係性こそが、本作が批判にさらされるポイントともなっている。劇中の2人は強くお互いを求め合いながらも、肉体関係に及ぶことはなく、かといって自身に性的な欲求が生まれないことについて、お互いが戸惑ったり自覚したりする要素は希薄だ。この描かれない空白が、本作に対して「クィア・ベイティング」ではないかと見られる原因となっている。

 ここでいうクィア・ベイティングとは、映画やドラマなどの作品において、セクシャル・マイノリティのような親密さをプロモーションや演出で匂わせ、特定のファン層の関心を惹きつけながらも、実際の劇中では彼らのセクシュアリティや関係性を明確に描くことを意図的に避ける商業的な手法を指す言葉である。橋爪監督や制作側が想定していたのが、既存のカテゴリーにはまらない“多義的”な愛情であったことは疑いようがない。しかしその曖昧さが、現実のマイノリティが直面する事態や必然的な感情や行動を描くことを避けた、“逃げ”だと感じる観客もいる。

 とくに日本においては、海外の明確なゲイ映画を国内で宣伝する際、ポスターや予告編などから性的なニュアンスを削ぎ落とす措置が取られてきた事実がある。こうした風潮に対して当事者たちは、自分たちの欲望やセックスを含めた関係性そのものが社会から否定されているという疎外感を抱く場合がある。

 実際、劇中で琉のアイスホッケーチームの仲間であった及川新(水上恒司)が、明確にゲイとして琉にアプローチしているのに対し、琉は最後まで観客に対しても新に対しても、はっきりとした答えを出さないままでいる。多様な人々の新たな生き方や関係性を肯定するはずの作品が、結果として当事者たちに疎外感を与えてしまったのだとしたら、それは作品の足場そのものを根底から揺るがしかねない。既存の枠組みに囚われない関係性を描くのであれば、どうとでも認識できるような多義的なものとして描くのではなく、むしろ一つの具体的な関係性を提示するべきだったのではないだろうか。

 本作が目指したものが、“軽やかな自由”であったとするならば、彼らを取り巻く世界の描写もまた、軽い領域で済ましておくべきであったのかもしれない。だが実際に描かれているのは、アウティングや病、事故といった重苦しい悲劇の連続である。この両極は、視聴者に対して新時代の軽やかさとして機能するよりも、人間の内面描写が劇的なストーリーに追いついていないという印象に着地させてしまう部分がある。

 とはいえ、本作『ソウルメイト』のような、日韓のキャストやクリエイターが協力し合う合同的な作品が増え続けている現象自体は素晴らしい試みである。日本の映像産業はマイノリティ描写において発展途上であり、表現の倫理性とエンターテインメントのバランスの取り方に慣れていない部分があるのも確かだ。だからこそこれからは、慎重になるべき点に細心の注意を払いながらも、既存のハリウッドや西洋の映画祭などの基準にはない、アジア発の新しいジャンルやエモーショナルな物語を生み出せる伸び代がある。この評価が分かれた一作が、そんな大きな希望を垣間見せてくれるのは確かなところだ。

■配信情報
Netflixシリーズ『ソウルメイト』
Netflixにて独占配信中
主演:磯村勇斗、オク・テギョン、橋本愛、水上恒司、古舘佑太郎、イ・ジェイ、加藤千尋、安田顕、南果歩、三浦友和
脚本・監督:橋爪駿輝
主題歌:STUTS&butaji「Our Hearts ft.アイナ・ジ・エンド」
制作プロダクション:ROBOT
製作:Netflix

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