磯村勇斗×オク・テギョン『ソウルメイト』が描く精神的な連帯 マイノリティ描写での課題も

Netflixシリーズ『ソウルメイト』が、配信リリースを開始した。本作は、ベルリン、ソウル、そして東京という3つの都市を舞台に、10年という歳月のなかで交錯する2人の青年の生き方を描いたもの。主演を務めるのは、多くの作品に出演経験がある実力派の磯村勇斗と、韓国のトップスターであり俳優としても目覚ましい活躍を見せているオク・テギョン(2PM)。
しかし、いまのところ本作に対する評価は割れている。俳優と映像、音楽などの部分で支持する声がある一方で、マイノリティの表象やプロットの構造に対しては批判的な意見も出てきているのだ。ここでは、本作が内包する魅力と、同時に生まれてしまった懸念される点について、多角的な視点から考えていきたい。
物語の中心にあるのは、意図せず親友の人生を壊してしまった鳴滝琉(磯村勇斗)と、ドイツの教会で彼を救い上げたボクサーのファン・ヨハン(オク・テギョン)との間に結ばれる精神的な連帯だ。それは単なる友情と呼ぶにはあまりに重く、かといって既存の恋愛に当てはめることも回避されている。いわば、“魂の伴侶(ソウルメイト)”としての関係性である。監督・脚本を務めた橋爪駿輝は、繊細な光の演出や、ミュージックビデオ風の演出によって、新しい“愛のかたち”をスタイリッシュに描こうとする。
ファン・ヨハンを演じるオク・テギョンは、日韓のエンターテインメント界で活躍するスターである。アイドルグループ「2PM」のメンバーとして、日本においても大きな人気を獲得してきた。近年ではドラマ『ヴィンチェンツォ』や、映画『グランメゾン・パリ』(2024年)への出演など、俳優として国際的な実力を見せている。そうした大スターが、劇中で那須や町田駅周辺に現れるところは楽しい。対して、受け身の演技も多い難しい役柄である鳴滝琉を演じる磯村勇斗は、その繊細で自然な演技力を活かし、過去の罪の意識に囚われ揺れ動く青年の内面を見事に表現している。
ここで興味深いのは、この2人の使い方が、日本と韓国における若い俳優が体現する理想の男性像のギャップを象徴的なかたちで視覚化している点だ。もちろん多くの例外はあるものの、伝統的に韓国の恋愛ドラマやエンターテインメントにおいて希求されるのは、さながら騎士や王子様のようにパートナーを命がけで守り抜くタイプの男性性である。一方で、日本の映画やドラマが好んで描いてきた理想像は、今回の琉に代表されるように、優しく相手に寄り添い、同時に自分自身も内面に深い繊細さや傷つきやすさを抱えているような、ある種の弱さというリアリズムが求められる。
物語が進み、彼らが学生から社会人へと成長するにつれて、そこで描かれる絆は変容を遂げていく。琉の幼なじみである東雲澄子(橋本愛)が加わり、生まれてくる彼女の子どもをも含めた共同生活が始まることで、彼らは一種の疑似家族とも呼べる関係性を築いていく。それは、従来の婚姻制度でもなく、血のつながりによる関係性でもない。しかし、だからこそ彼らの作る小さな共同体には、新たな可能性が存在するといえよう。その軽やかで自由な精神のあり方は、観客に対して、われわれが生きる閉塞的な現実を突破するような、「オルタナティブ」な希望を予感させる。
























