炭治郎はなぜ“国民的ヒーロー”になったのか 『鬼滅の刃』日曜朝への進出が示すもの

4月5日から、『鬼滅の刃』シリーズ全編の再放送が毎週日曜午前9時30分に始まる。放送開始を前に、SNSではすでに“ニチアサ鬼滅”という言葉も飛び交っている。

もちろん厳密に言えば、“ニチアサ”はテレビ朝日系の日曜朝枠を指す言葉である。『プリキュア』が午前8時30分、『仮面ライダー』が午前9時、『スーパー戦隊』が午前9時30分。だが同じ日曜午前9時30分のフジテレビ枠でも、『ONE PIECE』が2006年10月から約20年にわたって放送され、子どもと家族に親しまれてきた。局の垣根を越えて「日曜の朝はアニメとヒーローの時間」という感覚が共有されてきた、その文化圏に今度は『鬼滅の刃』が加わることになる。
『鬼滅の刃』は深夜アニメとして始まり、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』で国内興行収入404.3億円という歴史的ヒットを記録。さらに最新作『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』も国内興行収入400億円を突破しており、その人気の大きさは改めて示されている(※1)。

テレビ初放送でも高い注目を集め、社会現象と呼ばれるほどの広がりを見せた作品である。その人気を踏まえれば、日曜朝に編成されること自体は決して不思議ではない。
ただ一方で、この枠移動にはどこか意外さもある。というのも、従来“子ども向け作品のヒーロー”と聞いて思い浮かぶのは、明るさや快活さを前面に出しながら、子どもたちをまっすぐ冒険へ連れ出していく主人公像だからだ。『鬼滅の刃』も、少年漫画らしい高揚感や仲間との絆をしっかり備えた作品ではある。だが同時に、その根底にはつねに死と喪失、鬼への恐怖が横たわっている。この2つの性質をあわせ持つからこそ、朝枠に置かれたときに新鮮さと意外さの両方が立ち上がるのだろう。

しかも『鬼滅の刃』が描く喪失は、いつだって切実である。家族を奪われた炭治郎の出発点にはじまり、鬼殺隊の面々もまた、それぞれに取り返しのつかない傷を抱えている。戦いの中で命が失われることも、その悲しみが簡単に処理されないことも、この作品では繰り返し描かれてきた。
それでもなお幅広い層に届いたのは、痛ましさの強さだけが理由ではないはずだ。この作品は、喪失をひたすらショックとして消費するのではなく、失った人への思いを胸に抱えたまま、それでも誰かを守ろうとする姿へと結び直していく。だからこそ、その悲しみは視聴者が感情を託せる切実さとして映るのではないか。
炭治郎という主人公のあり方も大きい。彼は強さや勝利だけで物語を牽引するタイプではなく、傷ついた相手の痛みにまで想像を伸ばそうとする人物として描かれている。その眼差しがあるからこそ、『鬼滅の刃』における死や別れは、残酷さの誇示ではなく、悲しみを知った者がそれでも人に手を伸ばすための物語として受け止められてきた。喪失をきちんと描きながら、その先にある祈りや継承へ視線をつなげていくこと。そこに、この作品が世代を越えて支持を集めた大きな理由があるように思う。





















