『お別れホスピタル2』が問う“生き続ける”意味 答えのない問いを考えるための45分間に

人工呼吸器の作動音だけが静かに鳴る、真っ暗な病室。やがて窓の外が明るくなり、医療用ワゴンを押しながらやってきた辺見がカーテンを開けると、柔らかな光が部屋全体を包み込む。
2024年に全4話で放送され、大きな反響を呼んだドラマ『お別れホスピタル』(NHK総合)が帰ってきた。本作は、重度の医療ケアが必要な人や在宅復帰の望めない人を受け入れる療養病棟が舞台。一度入院したら元気になって退院する人はほとんどおらず、多くの人はそこで最期を迎える。冒頭のシーンは、そんな死の一番すぐそばにある病棟にも、新しい一日が訪れることを暗示していた。看護師の辺見歩(岸井ゆきの)は日々、さまざまな患者の死と人生を静かに見つめ、そこから浮かび上がってくる答えのない問いに向き合っている。

「生きるって、何だろう?」
主演の岸井ゆきのや医師・広野誠二役の松山ケンイチをはじめ、数名がシーズン1から続投している。シーズン1で咽頭がんのステージ3と宣告された看護主任の赤根(内田慈)は、治療のために半年間の療養を経て仕事に復帰を果たした。用もないのにナースコールを連打しては、看護師たちを困らせていた患者の大戸屋(きたろう)も健在だ。舞台となっている場所が場所だけに、生きている彼らに再び画面を通して会えることの喜びはひとしおである。

身寄りがなく、寂しさから問題行動を起こしがちで、特に赤根には甘えっぱなしだった大戸屋。声こそ出せないものの、赤根が帰ってきたことへの喜びを全身で表現する姿にほっこりしたのも束の間、赤根が仕事中に倒れてしまう。
赤根は食道の輪状狭窄で、口からほとんど食事を摂取できなくなっていることを周囲に隠して働いていた。今後は、胃ろう(腹部に開けた小さな穴)からの栄養摂取が主流になるとのこと。でも、それだけでは看護師の仕事をこなせるだけの体力は得られない。看護師長の三木(仙道敦子)は、自分のためにも患者のためにも今は生きることを優先すべきだと告げる。

赤根は、一人息子の貴之(丈太郎)が作る料理と看護師の仕事を生きがいとしていた。しかし、病気は容赦なくその両方を奪っていく。そんな赤根に「こんな私で生きてることに何の意味があるの?」と聞かれたら、誰だって辺見のように押し黙ってしまうだろう。
シーズン1の最後に辺見は「私たちは死ぬことの手助けをしているわけじゃない。ここは病院だ。人が生き切る場所だ」という、ひとつの答えを導き出した。患者一人ひとりが、その人らしく最期まで生き切るために、何ができるかを辺見たちは考え続けている。だが、そこにシーズン2はもうひとつの疑問を投げかけてくる。自分らしさ、すなわち尊厳を失ってもなお、生き続けることの意味とは何か、ということだ。





















