『多聞くん今どっち!?』が傑作アニメだった理由 “いま”刺さる推し活と実存を巡る物語

『多聞くん今どっち!?』が傑作である理由

 アニメ『多聞くん今どっち!?』第1期の最終話が放送された。本作は一見すれば、大人気のアイドルと女子高生が繰り広げる、いわゆる「王道ラブコメ」である。しかし、これを単なる“胸キュンアニメ”の枠に収めてしまうのは、あまりにも早計であり、もったいない(実際イケメンによる胸キュンの供給も凄まじいのだが)。アニメ全話を通して見えてきたのは、現代の日本社会を席巻する「推し活」文化に対する極めて解像度の高い眼差しと、人間の持つ「二面性」に対する温かい肯定であった。

 第1話から第13話に至るまで、本作は笑いと胸キュン、そして時に痛いほどの共感を我々に突きつけてきた。本稿では、本作がなぜこれほどまでに視聴者の心を捉え、“いま”語られるべき物語としてどんな意味を持っていたのか、その魅力を振り返りたい。

※本稿には『多聞くん今どっち!?』第13話の内容が含まれています。

“こちらの世界”を暴く狂気と、笑いを誘う早見沙織の才

 まず特筆すべきは、第1話からフルスロットルで展開されたヒロイン・木下うたげによる「オタクの生態開示」の凄まじさである。彼女の言動、思考回路、さらには部屋の様子やグッズの飾り方に至るまで、あまりにもリアルで解像度が高すぎる。観ていたとき、何度変な声が出そうになったことか(実際に出ている)。思わず「頼むから“こっちの世界”を一般社会にこれ以上明かさないでくれ」と、画面の前で頭を抱えつつ爆笑した視聴者も少なくないはず。

 そんな観ていて聴いていて気持ちが良いうたげのキャラクターに圧倒的な説得力を持たせたのが、声優・早見沙織の熱演である。清楚で可憐なヒロインの声から、狂気を孕んだオタク特有の早口、そして絶叫に至るまで、彼女の変幻自在な演技と勢いが作品全体の疾走感を強烈に牽引していた。

 同時に、「推しの家のハウスキーパーになる」という、「これぞ『花とゆめ』」と言わんばかりの王道少女漫画的展開が、一切の照れ隠しなく堂々と描かれる点も非常に気持ちが良い。ご都合主義と笑うのは簡単だが、この飛躍した設定があるからこそ、アイドルとファンという本来交わらない二つの世界が繋がり、こちらの胸キュンや夢を叶えてくれる。もうそれだけで十分じゃないか。

ターゲット層を撃ち抜く、的確で圧倒的な映像美

TVアニメ「多聞くん今どっち!?」ノンクレジットオープニング映像|F/ACE「Sweet Magic」

 さて、本作が人を惹きつけるのは、そういった胸キュン設定だけではない。むしろもっと語られるべきとさえ思う、その驚異的な作画と演出のクオリティだ。特にオープニング映像の洗練されたポップさ、うたげと多聞のダンスシーン、作中におけるアイドルグループ「F/ACE」のライブシーンの完成度は圧巻の一言であった。「作画が良い」「アニメがうまい」と端的に表現したくなるほど、本作はアニメーションとしての基礎体力が極めて高い。

 昨今のアニメ界隈では、大作バトルアニメにおける超絶技巧の作画やカメラワークが話題をさらうことが多い。しかし『多聞くん今どっち!?』の作画の素晴らしさは、そうしたベクトルの異なる作品と単純比較されるものではない。「ターゲット層が、このジャンルにおいて求めている理想の映像」を、毎週一切の妥協なく、完璧なクオリティで担保し続けたことに本作の真価がある。

TVアニメ「多聞くん今どっち!?」第12話 劇中歌映像|F/ACE『FLY』

 ステージ上で放つアイドルとしての眩いばかりのキラキラした輝きと、日常パートでのコミカルなデフォルメ、そして不意に訪れる色気のある表情。そのメリハリが効いた画面構成と作画カロリーのコントロールが凄まじかった。視聴者が見たいものを、期待以上のクオリティで出す。この誠実なアニメーション制作の姿勢が、本作への信頼感を盤石なものにしたと言える。

“二面性”というアイデンティティの肯定

 爆発力のある設定や、オタクの生態開示的なコメディ、作画に惹かれていたら、気がつけばうたげと同じように、福原多聞という底知れぬキャラクターの沼にどっぷりと浸かっていた、なんて方も多いはず。

 本作が持つ物語としての深みは、この多聞が体現する「人間の二面性」の描写にある。ステージ上で圧倒的なカリスマ性を放つ「セクシー&ワイルド」なアイドルのイケ原さんと、私生活では自己肯定感が底をつき、ジメジメとした陰キャ全開のジメ原さん。この極端なギャップは、初期こそ強烈なコメディリリーフとして機能していたが、物語が進むにつれ、その意味合いはより人間本来の在り方を問うものへと変化していく。

 私たちは社会生活を営む上で、多かれ少なかれ「外向きの顔」と「内向きの顔」を使い分けている。そして往々にして「本当の自分はどちらなのか」と悩み、時に陰鬱な自分を否定しがちである。

 だが本作は、うたげというキャラクターを通して「どちらも紛れもないあなたである」と、その二面性を温かく丸ごと肯定してくれる。ジメ原さんの深い自己卑下と内省があるからこそ、アイドルとしての多聞の輝きとファンへの真摯な想いは本物になる。他者の視線が存在するからこそ輝ける自分と、一人きりで抱え込む弱さ。多聞の持つ二面性を丸ごと受け入れ、肯定するうたげの姿勢は、悩みながら今を生きる不完全な我々への人間賛歌としても胸を打つのである。

 「良い恋愛作品に良いヒロインあり」とは言ったもので(持論)、うたげのヒロインとしての真の魅力は、時にオタクとして葛藤をしながらも、他者への肯定と寄り添う優しさ、そして芯の強さにこそあるのではないだろうか。

個性大渋滞! いつの間にかF/ACEを「箱推し」してしまう理由

 多聞が体現する二面性について触れたが、本作の奥深さは決して彼一人に留まらない。多聞が所属するアイドルグループ「F/ACE」の他のメンバーたちもまた、それぞれに強烈な「ギャップ(裏の顔)」を隠し持っているのだ。

 ステージ上ではキラキラの「王子様キャラ」でありながら裏では多聞と火花を散らす喧嘩っ早いヤンキー気質の坂口桜利や、誰からも慕われる「完璧なリーダー」の顔の裏でファンを養分と冷徹に割り切るリアリスト・橘敬人など、それぞれが一筋縄ではいかない個性を持つ。

 その中でも特筆したいのは、石橋ナツキのエピソードだ。裏の顔はヤニカスパチンカス、どこか斜に構えて破天荒な怠け者に見えるナツキ。だが、その根底には音楽に対する誰よりも純粋な情熱と、ままならない現実によって手放さざるを得なかった過去の恋に対する、あまりにも切ない未練が隠されていた。

 孤独だった過去の自分を救い上げてくれた人への不器用な愛情と、夢と現実の狭間で味わった挫折。そんな過去を踏まえた上で、再び井上飛鳥と向き合って、曲を完成させたナツキ。「伝えたいことを、伝える」──それは、ともすればファンから推しへと向けられる一方的な熱量だと思われがちだ。しかしこのエピソードは、ステージに立ち応援される側の彼らもまた、自らの内に秘めた切実な想いを誰かに届けようともがく「表現者」であることを教えてくれる。過去の想いを昇華させるように歌い上げた文化祭でのゲリラライブは、本作が単なるコメディではなく、上質なヒューマンドラマであることを証明する屈指の名シーンであった。

 こうした彼らの「裏の顔」や抱える過去を知るうちに、グループの絆やそれぞれの個性や良さに気づき、いつしかF/ACE全体を愛さずにはいられない「箱推し」になってしまうのだ。

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