『多聞くん今どっち!?』が傑作アニメだった理由 “いま”刺さる推し活と実存を巡る物語

『多聞くん今どっち!?』が傑作である理由

自分から「推し活」を奪ったら何が残るのか?──最終話が描いた実存のゆらぎ

 そして、本作が“いま”語られるべき意義の最たるものが、最終話で描かれた「推し活とは何か」というテーマへの真摯な向き合い方だ。

 「推し」という言葉が一般化し、生活の原動力として広く享受される一方で、推し活に自分の全人生を過剰に依存してしまう「いきすぎる推し活文化」も社会問題化しつつある。本作の最終話は、まさにこのオタクの実存的な問題に鋭く切り込んでいた。

「自分から推し(推し活)を奪ったら、一体何が残るのか?」。うたげが直面したこの問いは、何かに熱狂し、人生の時間と情熱を捧げたことのある人間ならば、一度は冷静になって考えたことがあるのではないだろうか。

 推しを愛するあまり、自分自身の輪郭を見失ってしまう空虚感。そんな彼女の実存のゆらぎに対し、推しである多聞は掃除の際に見つけた手書きレシピ本を渡して、「木下うたげは、推しがいなくても、ずっと木下うたげだったのだ」という事実を思い出させる。

 推しが彼女の全てを作ったのではなく、彼女自身の積み上げてきたものが今の自分を形作っていること。それと同時に豊かな感性と優しさ、そして誰かを懸命に愛することができる素養があったからこそ、推しを深く愛することができたのだと思い出させてくれる多聞。

「人のためじゃなく、自分がどうしたいか考えて欲しい。俺のためにうたげが我慢するのは嬉しくない。俺が見たいのは、笑顔だよ」

 推しのために自分を犠牲にするのではなく、推しを愛する自分自身が心身ともに健やかで、笑顔でいられることこそが、推しにとっても最大の喜びであり救いになる。この力強いメッセージは、時に自己犠牲を伴いかねない現代の推し活文化に対する一つの優しいアンチテーゼであり、画面越しの私たちの実存がゆらいだ時にも思い出したい大切な言葉だ。原作からアニメ用に少し構成が変わった最終回。「推し活」をテーマに始まり、「推し活」をテーマに終わるまとめられた脚本力を賞賛したい。

 『多聞くん今どっち!?』は、冒頭で述べたように決して単なる胸キュンラブコメアニメの域に留まる作品ではない。強烈なオタクの生態開示という笑いに始まり、ドキドキするシーンや胸キュン、そして最終的には「何かを好きでいること、誰かを好きでいることの楽しさと喜び」を私たちに共有してくれた。

 次元という壁を超えて私たちを魅了し、最高のエンターテインメントを届けてくれた多聞、ナツキ、桜利、敬人、倫太郎。F/ACEのメンバーたちのおかげで、このアニメを追いかけた期間はただひたすらに、すごく楽しかった。

 そんな余韻に浸りつつ、最終話での“カメオ出演”からも期待できる第2期などの続編。制作が決定したら、これからはE/YESの1人として楽しみに待っていたい。

■放送情報
TVアニメ『多聞くん今どっち!?』
TOKYO MX、BS11、各配信サービスにて、毎週土曜25:00~放送・放送
U-NEXT、アニメ放題にて、毎週水曜0:00~地上波先行・最速配信
キャスト:早見沙織(木下うたげ役)、波多野翔(福原多聞役)、千葉翔也(坂口桜利役)、畠中祐(橘敬人役)、天﨑滉平(石橋ナツキ役)、長岡龍歩(甲斐倫太郎役)、水中雅章(藤田渉役)、本田貴子(白石泉役)、福積沙耶(結菜役)、平山ゆりか(莉子役)
原作:師走ゆき『多聞くん今どっち!?』(白泉社『花とゆめ』連載)
監督:永岡智佳
シリーズ構成・脚本:永井千晶
キャラクターデザイン・総作画監督:伊東葉子
アニメーション制作:J.C.STAFF
総作画監督:千葉充、露木愛里
プロップデザイン:藤井萌依
音楽:大間々昂、田渕夏海
美術監督:余力
CGディレクター:門間絢香
2Dデザイン:吉垣誠
撮影監督:青栁風香
色彩設計:木村美保
編集:瀧川三智(REAL-T)
音響監督:大寺文彦
音響効果:西佐知子
音響制作:田中理恵
製作:松竹・キングレコード・白泉社
©師走ゆき・白泉社/多聞くん今どっち!?製作委員会
公式サイト:https://tamon-anime.com
公式X(旧Twitter):@Tamon_anime
アニメ公式 YouTube チャンネル:https://www.youtube.com/@Tamon_anime

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