宮沢賢治の言葉とリンクする『銀河の一票』 誠実なドラマだからこそ抱えるジレンマ

宮沢賢治の言葉とリンクする『銀河の一票』

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

 『銀河の一票』第1話、主人公・星野茉莉(黒木華)がこの一節の書かれた宮沢賢治の『農民芸術概論綱要』を読んでいたまさにそのとき、関東地区では津波情報がテロップで入った。この日、4月20日16時53分頃、三陸沖を震源とする最大震度5強の地震が発生した。宮沢賢治の生きた時代、彼の故郷では明治三陸沖地震があった。災害や貧困に苦しんだ人たちが明治の日本にもたくさんいた。宮沢賢治は『農民芸術概論綱要』で「おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい」と綴っている。

 『銀河の一票』というタイトルは宮沢賢治の作品群を想起させる。令和のいまと宮沢賢治の生きた時代が重なる。そういえば黒木華は舞台『ケンジトシ』(2023年)で宮沢賢治の妹を演じていた。

宮沢賢治の言葉とリンクする「作り手たちの物語」

 『農民芸術概論綱要』にはさらにはこんなことも書いてある。

曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた
そこには芸術も宗教もあった
いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである
宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い
芸術はいまわれらを離れ然もわびしく堕落した(中略)
芸術をもてあの灰色の労働を燃せ
ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある
(宮沢賢治『農民芸術概論綱要』)

 『銀河の一票』は「選挙エンターテインメント」として、視聴者たちの生きる社会の物語であると同時に、作り手たちの物語でもある、そんなことを考える。例えば、「芸術」の文字を「テレビドラマ」に置き換えてみてもしっくりくるのではないだろうか。オープニングでえいえいおーと拳をあげている茉莉と月岡あかり(野呂佳代)と日山流星(松下洸平)はドラマの作り手のようにも見えてくる。いや、『銀河の一票』は政治の世界の物語だ。

 与党幹事長の娘で秘書の茉莉が、政治には疎いスナックママ・月岡あかり(野呂佳代)を巻き込んで、東京都知事選に打って出る。

 子どものときから迷うと暗いほうに行ってしまいがちな茉莉が暗闇で出会った純粋な光があかりだった。認知症で施設に入った鴨井とし子(木野花)のスナックをなんとか存続させようとしていたあかり。

 でも社会の制度がとし子やあかりの助けになかなかならない。そんなこともあってあかりは、都知事選に出馬する気になる。そこへ、選挙を知り尽くす“テンサウザンド”(当選)こと五十嵐隼人(岩谷健司)も加わって、百人力というのが第4話までだ。五十嵐は、茉莉の父で政権与党の幹事長・星野鷹臣(坂東彌十郎)の元秘書だった。

「穴に落ちた者」の不条理

 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」を座右の銘にするほど純度が高いが空回りしがちな茉莉と、人情に厚いが政治にはまったく疎いあかりのシスターフッド的な関係を好む視聴者も多いだろう。でもややふたりが善人過ぎるかなという印象もあったところ、五十嵐が酸いも甘いも噛み分けたおじさんの魅力を振りまき、話にぐっと厚みがでてきた。

 五十嵐は政治の世界から降りて、社会的に困っていて、かつ知識が不足している人たちにアドバイスする仕事をしている。同じ佐野亜裕美プロデュース作『エルピス―希望、あるいは災い―』(カンテレ・フジテレビ系)の人権派弁護士・木村(六角精児)に近い気がする。

 やっていることに違法性はないが、近隣の人から煙たがられているというグレーな存在である五十嵐は『農民芸術概論綱要』の「正しく強く生きるとは、銀河系を自らの中に意識して、これに応じて行くことである」を部屋に貼っていた。茉莉の部屋には「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」が。もしかして、『南総里見八犬伝』みたいに宮沢賢治のお言葉を一節ずつ何人かが持っていて、それが集まってパワーになったりするのだろうか。文学萌え。

 茉莉に選挙に加わってほしいと頼まれても渋っていた五十嵐だが、ふいに心を動かす。あかりの行動がそのきっかけになった。

 選挙前にスナックの代理ママをやっていることを隠すように茉莉に言われていたあかりだが、たまたま出会った客を無視できず、気さくに振る舞う。その様子に五十嵐が注目したのだ。

 第4話の冒頭、五十嵐は、多くを望まず、最低限の生活を送るだけでいいのに、それすらあるときふいに失くしてしまうことを、突如足元に空いた「穴に落ちる」と例える。誰のせいでもない不条理の例えだ。のちにあかりも「穴に落ちただけ」という言い方をする。穴に落ちることを実感した者にしかわからないことがある。それをお嬢様の茉莉も知りはじめる。

 選挙に勝つために生活困窮者への支援を政策に入れないのではなく、社会保障を求める非課税世帯24%の票を取りに行くという、あかりのシンプルな発想も茉莉には目からうろこ。こうして、茉莉、あかり、五十嵐のチームができて選挙戦に向かっていく。でも、なんとなく、正しく負ける、のでないかという予感はするが……。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる