『ちょっとだけエスパー』最終回を観て信じたくなった“世界” 野木亜紀子の“愛”を読み解く

『ちょっとだけエスパー』の“愛”を読み解く

愛という“バグ”が、予測管理された未来を裏切る

 ブンブンとミツバチのごとく、兆が提示した甘い蜜に誘われるままに、せっせと働いた“ちょっとだけエスパー”たち。だが、物語の終盤になると、コミカルに見えたミッションの先には、四季を救うために未来を変えようとする兆の狙いが明らかになっていく。四季が助かるならば、1000万人の命が失われても構わない。そう豪語する兆の言葉は、「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」という倫理的ジレンマを問う「トロッコ問題」そのままだ。

 1000万人の命から見れば兆はもちろん悪役。だが、その1000万人の命を愛する人のなかには、きっと兆に同意する人もいるだろう。私たちはここでも他人事には思えない感覚に陥る。 そして思い出を記録としてデータ化して四季の記憶を補っていく兆のやり方は、もうすでに私たちの生活にも侵食している。目の前の出来事を心に刻むより、スマホで撮影することで安心する。生身の人間より、AIに本音を打ち明ける。その先に、未来の自分をも知る存在がいても、不思議ではない。効率と合理性を優先した先にある、予測管理された未来。その象徴が兆というキャラクターだった。

 その兆が禁じた「愛すること」は、兆自身が四季を愛しているということ以上の意味があった。それは、愛こそが予測不能な選択を生み、そして最適解を裏切るものだから。いわば、予測管理された未来に対しては脅威となる。だからこそ、兆は「いらない人間」つまり「愛されていない人間」を“ちょっとだけエスパー”として選んだのだ。

 しかし、皮肉なことに兆に選ばれたことによって愛の連鎖から“浮いていた大人たち”が、仲間となり、家族のような関係性を構築していく。愛し、愛される喜びを知っていくというなんとも皮肉な展開。さらに、文太を愛した四季も、自らの命が救われるナノレセプターではなく、このあとどうなってしまうかわからないEカプセルを飲んだ。その行為は、予測管理された未来を壊す、愛によるバグだ。

私たちとも繋がっている“ディシジョンツリー”

 『ちょっとだけエスパー』が最終的に突きつけたのは、「未来を知ること」ではなく、「それでもどう選ぶか」という問いだ。兆の前に浮かび上がっていた、無数の分岐を示すディシジョンツリーは、この物語の象徴だった。自身が望む未来以外の可能性を、ミッションと称して潰していった兆。その先に、1人を救うために、多くの人が命を落とす未来があると知っても。それ以上に思い通りになる答えがないと、言い聞かせながら。

 だが、愛は現段階の最適解を更新する。未来を、たったひとつのものに固定しないための最後の希望でもある。愛がもたらす可能性は無限大で何億通り、何兆通り、何京通り……と、計算しても見出せなかった世界に繋がる。その不確かな愛の可能性を、兆は信じることができなかったのだ。

 しかし、愛されることで世界に求められる感覚を得た文太たちは信じることにした。彼らは、このまま四季と兆を出会わせず、彼らが愛し合わない未来を作ることもできたはず。だが、そうはさせなかった。自分たちが目の前の仲間を愛し、そして四季と兆を愛することで、いい未来へと続く選択をすることができるはずだと確信しているから。

 もちろん、もがいても運命の力のようなもので押し戻されることがある。自分の力があまりにも小さく、何も変えられないと感じることもある。だからこそ、最終話冒頭に記された「使命は果てしなく困難だ。それでもなお、永遠に続けなければならない」という言葉は、文太たちだけでなく、画面のこちら側にいる私たちへも向けられているのだと感じられた。

 たとえ誰からも必要とされていないと感じる夜があっても。たとえ未来へと続く道から、ひとり取り残されたような気持ちになる日があっても。ディシジョンツリーの枝と完全に切り離されてしまった人などいない。今日の迷いも、躊躇も、踏み出せなかった一歩さえも、すべてが次の分岐へと繋がっている。“正しい未来”は、誰にもわからない未来。そして、無数に広がる分岐の中心には、予測も計算もできない「愛」という幹でつながっている。そんな世界であると、改めて信じたくなった。

『ちょっとだけエスパー』の画像

ちょっとだけエスパー

野木亜紀子が脚本を手掛けるSFラブロマンス。会社をクビになり、人生詰んだサラリーマンが“ちょっとだけエスパー”になって世界を救う。

■配信情報
『ちょっとだけエスパー』
TVer、Netflix、TELASAにて配信中
出演:大泉洋、宮﨑あおい、ディーン・フジオカ、宇野祥平、北村匠海、高畑淳子、岡田将生
脚本:野木亜紀子
監督:村尾嘉昭、山内大典
エグゼクティブプロデューサー:三輪祐見子(テレビ朝日)
プロデューサー:貴島彩理(テレビ朝日)、山形亮介(テレビ朝日)、和田昂士(角川大映スタジオ)
音楽:髙見優、信澤宣明
制作協力:角川大映スタジオ
制作著作:テレビ朝日
©︎テレビ朝日
公式サイト:https://www.tv-asahi.co.jp/chottodake_esper/
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