「よど号ハイジャック事件」を韓国側の視点で描く 『グッドニュース』の挑戦的な試み

事件当時、韓国は軍事政権下だった。そこで、その出自から存在自体が抹消されていた男が、KCIA(大韓民国中央情報部)の長官(リュ・スンボム)に呼ばれ、作戦のフィクサーとして送り込まれる経緯は、皮肉な構図として描かれる。一方で、当時経済大国になっていた日本が、人質交渉において北朝鮮に援助をおこなってしまえば、北朝鮮軍との緊張状態が続く韓国にとって不利になるため、なんとしてもこれを阻止したいという事情の描写にはリアリティがある。
旅客機を迎え入れ、交渉材料にしたい北朝鮮と、それを阻止したい韓国。相反する利害関係のなかで、アムゲにスカウトされ、担当管制官として呼ばれた、韓国軍所属のソ・ゴミョン(ホン・ギョン)は、作戦において国際法に反する部分があることに躊躇しながら、協力せざるを得なくなる。
ここで、北朝鮮と同盟関係にあるソ連を牽制したいアメリカ軍が、韓国側にこの汚れ仕事を押し付け、KCIAがアムゲやゴミョンなどの末端の存在にまた押し付けるといった構図が、本作が弱肉強食の社会の風刺や、秘密主義的な軍事政権への批判として描いた部分だといえる。
「マカロニ・ウェスタン」(イタリア製西部劇)の代表例といえる、セルジオ・レオーネ監督のイーストウッド主演作品における、早撃ちガンマンの演出が、韓国と北朝鮮の管制官の間での、旅客機無線の取り合い勝負に施されているところも楽しい。
ゴミョンを漢字で書くと、「高名」。これは劇中で、朝鮮戦争に出兵し重い負傷をしながらも政府から時計を与えられただけという父親が、我が子には出世して名を成してほしいと、願いを込めてつけたという名前だ。そんな彼は、祖国の英雄となるべく、この作戦にのめり込んでいくこととなる。ちなみに、父親が時計を我が子に見せるという、子どもからの主観映像は、『パルプ・フィクション』(1994年)のクリストファー・ウォーケン出演シーンのパロディに見える。
若い過激派たちとゴミョンが顔を合わせるシーンは象徴的だ。ここで笠松演じる過激派リーダーとゴミョンは、漫画『あしたのジョー』の話題で、期せずして盛り上がることになる。韓国でも『あしたのジョー』が読まれていたことは事実で、日本の学生運動に身を投じる学生たちは、主人公のジョーにシンパシーを感じ、運動に利用したという当時の経緯がある。ただ、ここで議論される最終回のラストページについては、1970年当時まだ漫画が連載中であったことから、本作によるまったくの創作だといえるだろう。
しかし、よく議論の的になる、“主人公ジョーはラストで死んだのか?”という事柄については、本作のテーマに繋がるものだ。確かに、あのラストの描写では、はっきりとジョーの生死は描かれていない。過激派メンバーたちが理想に燃えて破滅的な行動に及ぶ姿は、ジョーが「あとにはまっ白な灰だけが残る。燃えかすなんか残りやしない。」と語り、パンチドランカーの症状が出ているにもかかわらず、強大な絶対王者へと挑む破滅的挑戦に重ねられるところはある。
劇中の過激派たちが人質もろとも極端な行動に出ることが、ジョーの精神に結び付けられ、たとえ死んだとしても、それを一つの到達点だと考えているということだとすれば、人質を救いたいと考えるゴミョンにとっては都合が悪い。ゴミョンは、おそらくもともと“ジョー生存解釈派”だったのだろうと思われるが、状況の判断も手伝って、ジョーは生きているはずだと強く主張するのだ。
日本と韓国という垣根を越えて、同じ漫画作品の解釈を戦わせ、それが人々の命にかかわるという瞬間は、創作を愛する観客にとって意義深い描写だ。これは、『クリムゾン・タイド』(1995年)で、マーベル・コミックのシルバーサーファーの描き方について、どの作家が優れているかといったことが、兵士の士気にかかわるといったシチュエーションを描いた部分に似ている。核戦争の危機のなかで相反する人間味を表現し、それは大きく言えば人間讃歌に繋がっていたと考えられる。ちなみに、クエンティン・タランティーノが『クリムゾン・タイド』の脚本に参加したことから、彼によるリライト部分だと予想できる部分である。
本作のアムゲとゴミョンの功績は、最終的に闇へと葬られ、ゴミョンは国家の英雄になり損ねる。劇中で語られる「月の裏側」のたとえ話のように、彼らは誰も知ることがない功労者となったのである。それは史実を見ても、事件に奔走した者が表に出ることがなかったという点で、その通りなのだろう。山田孝之演じる、身代わりを申し出た政務次官や、椎名桔平演じる、犯人と交渉を続けた機長が英雄視されたこととは対照的に。
だが、アムゲはゴミョンに、「お前のしたことは十分意味がある」と、ねぎらいの言葉をかける。これは、韓国の軍事政権下において、どれだけの人々が不自由な思いをし、正当な扱いを受けられなかったかという事実を照らし出そうとするものだ。そう、実際の大事件をベースにしながら、そうした名前を与えられなかった人々を通して、“月の裏側に思いを馳せる”ことが、本作『グッドニュース』の挑戦的な試みだったのである。
参考
※ https://www.tenasia.com/jp/amp/2025091947804
■配信情報
『グッドニュース』
Netflixにて独占配信中
出演:ソル・ギョング、ホン・ギョン、リュ・スンボム、山田孝之、椎名桔平、キム・ソンオ、笠松将
監督:ピョン・ソンヒョン
脚本:ピョン・ソンヒョン、イ・ジンソン
Song Kyung-sub/Netflix © 2025

























