『ばけばけ』の副読本として読みたい谷崎潤一郎『陰翳礼讃』 “内”と“外”の物語の凄み

さらに婿・銀二郎(寛一郎)という、別の共同体を基盤として生きてきた住人が加わると、松野家の様相は変わってしまう。すでに周囲が髷から散切り頭で暮らす中、いまだ髷に固執する勘右衛門(小日向文世)は銀二郎の「格の低さ」をあげつらうなど未だ武士の習わしを押し付ける。とうとうトキが女衒に売り飛ばされそうになったため、銀二郎は遊郭の客引きで稼ごうとするが、勘右衛門は「汚い金などいらない」と罵声を浴びせる。
松野家にとっては、家=“内”の在り方こそが正しい。“外”から来た他者を、“内”の理論に従わせようとする在り様は、古くからの嫁いびりを男女を置き換えて表現していることは容易に想像できる。そしてこうした“内”と“外”の理論は、家という小さな共同体に限らず、島国国家日本が抱え続ける宿命的課題だ。現代ドラマの射程を持ち合わせている本作ならば、在日外国人を「日本のしきたりに従順な良い外国人」とそれ以外に分けるという昨今の排外主義とも繋げて見ても、さほど的外れではないのではないか。

“明”と“暗”、“内”と“外”、この対立する概念がもたらす美点と欠点を上手く物語のエンジンにし、時にアクチュアルな課題にまで踏み込む『ばけばけ』は、きわめて視聴者を震撼とさせる凄みを持つドラマなのである。
第20話では、松野家での処遇に耐えかね逃げ出した銀二郎を追い、トキが上京する。銀二郎が身を寄せた下宿先には、同じく松江出身の秀才・錦織(吉沢亮)らがいた。トキは彼らに松江の怪談を披露しようとするが、「古臭くて好かない」「幽霊に神や魂、目に見えないものの時代はもう終わりだけんね。過去を振り返っている場合ではなく未来、西洋を見ていかないと」とすげなくされてしまう。結局、トキは銀二郎の「二人だけで東京で暮らそう」という思いに応えられぬまま、「あの人たちを放っておくことはできない」と一人松江に引き返す。怪談好きで互いに惹かれ合った銀二郎を置いてトキがあの松野家に帰ることに、一抹の不安をおぼえてしまう。だが怪異を信じるということは、自分の理解の及ばない存在や事象へのリスペクトと同義だ。錦織たちの言葉に明らかに不満そうなトキは、なおも暗がりにひそむ存在を信じて、愛している。であれば、さほどネガティブな展開ではないのかもしれない。 何より今、第5週以降からはいよいよ、小泉八雲をモデルにしたレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)が登場する。タイトルの「ばけばけ」は「化ける」の意味で、幕末から明治という暮らしや価値観が急速に変わって(化けて)行く時代に取り残された人々の思いが、やがてすばらしいものに「化けて」いく物語であるそうだ(※3)。果たしてここからさらにどう「化けて」いくのか、見届けたい。
参考資料
※1. 「『ばけばけ』が描く空気(演出・美術・映像技術・撮影・照明・音響スタッフインタビュー)」(NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 ばけばけ Part1)
※2. 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』
※3.https://www.nhk.jp/g/blog/32hjnnvho-7z/
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK





















