『ばけばけ』髙石あかりは異質の朝ドラヒロインなのか “お家第一”だから滲む個人の尊さ

『ばけばけ』を通して知る“明治”のリアル

 以前、松野家の人たちと牛乳を飲んで白ひげが生えて笑いあった日を思い出して、トキは泣く。このときの、髙石あかりは、抑えようにも抑えられないこみあげてくる感情を鮮やかに演じていた。ただシンプルに「泣く」ではなく「泣く」のなかにたくさんの複雑な感情が織り込まれていた。

 こうしてトキは松江に戻ることになる。本当は銀二郎にも一緒に帰ってほしかったが、彼は帰れないと言う。ここで、銀二郎は鉄壁の純粋無垢な“理想のヒロイン”にはなりきれない、やっぱりふつうの人間だったことになる。愛する人が困窮するのを助けて自己犠牲を選択せず、自分を選ぶのだ。

 この悲しい別れ(第20話)に銀二郎ファンは激しく落胆するのだが、第16話ですでにふたりの運命は暗示されていた。

 借金まみれの生活に疲れきった銀二郎は「どこか遠い町で暮らしませんか。誰も知らん町でふたりきりで」とトキを誘う。だがそのときの彼女はどこか上の空な反応をする。東京で流行っている「怪談牡丹燈籠」に興味はあるが、それはあくまで遊興としての東京行きの興味であり、家を出ることを本気で思っていないように感じる。この時点でやはりトキにとっての銀二郎は家の存続要員なのだ。さらにいえば、トキすら、家の存続要員であり、勘右衛門(小日向文世)はトキを諦め、養子をもらおうと考えはじめる。

 だが東京に出てきたことでトキのお家第一の気持ちは逆に強固になる。『ばけばけ』の面白さは、銀二郎とトキの役割が男女逆転しているように見えることに加え、お家第一の精神を徹底していることだ。

 従来の物語だと、主人公はこの旧来の考えを否定する存在になるが、トキは決して家を捨てない。

 どんなに貧しくて、どんなに困った人たちでも、家族という鎖を断ち切ろうとはしない。この鎖をつないだままで生きていこうとする。なぜいま家族制度への回帰なのか。そうすることで逆説的に個人の尊さを再認識できるのではないか。勘右衛門がトキを諦めたのは、武士の時代から家の掟よりもトキの幸せを優先しようと考えたからだろう。そう思うのは画期的なことだ。しかも、さっさと諦めるのではなく、トキに想いを残している。これはもはや制度を超えた愛情であろう。トキはトキで、銀二郎よりも松野家の家族を愛して離れられない。制度に縛られて泣く泣くではなく、自ら家族と共に生きることを選ぶのだ。制度に沿って生きながら、そこからどうしようもなくはみ出してしまう制御しきれない人間の心情を『ばけばけ』は描く。それは錦織が古いと断じた、目に見えないものに目を向けた怪談にも合い通じるものだ。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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