『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』“巨大イナゴ”の謎 生物工学の立場から検証 

『新たなる支配者』“巨大イナゴ”の謎

「特定の作物だけ食べない虫」は作れるか?

 『新たなる支配者』に登場する巨大イナゴは「バイオシン社の作物だけを食べない」ように遺伝子操作が行われているが、これは現実でも可能な技術なのだろうか。現在、逆の技術は存在する。害虫対策技術として実用化されているのが、特定の昆虫に対して毒性を持つ「Bt(バチルス・チューリンゲンシス)タンパク質」を利用した害虫抵抗性作物である。つまり、「害虫を殺す」技術である。これは害虫が作物を食べた際に毒性を示すメカニズムを利用している。人間や動物が食べても消化されてしまうため問題はないという。(※6) 映画で描かれる「害虫に特定の植物を食べさせない」技術とは根本的に異なる。

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 特定の虫(今回は巨大イナゴ)が特定の作物を食べないように遺伝子操作で実現するのは難易度が高いとされている。これは、昆虫の摂食行動は、嗅覚、味覚、学習能力など複雑な要因で決定され、神経、味覚、学習など複合的な要因が関与すると考えられるためだ。ただ、遺伝子の組み換えだけでは、特定の農作物のみを食べないような高度な行動制御は現実的ではないと考えられている。また、自然界では昆虫は常に進化し適応をするため、仮にそうした昆虫が作れたとしても、すぐに乗り越える可能性も想定できる。これは新種の農薬に対して耐性を持つ害虫が次々と現れる現象と本質的に同じ問題だといえる。『新たなる支配者』のように、遺伝子改造昆虫(巨大イナゴ)を作り出し、特殊な作物と組み合わせて、農業支配や市場独占を行うのは難しそうだ。

 しかし、現実には世界の種子市場は、ごく少数の巨大企業によって寡占化が進んでいるという指摘もある。上位10社が市場の約70%を占める状態になっていて、遺伝子組み換え種子に限ると2009年には1社が90%を売り上げたという報道もされている。(※7) 巨大イナゴを使わずに達成しているのが逆に興味深いかもしれない。

©2021 Universal Studios and Storyteller Distribution LCC. All Rights Reserved.

バイオテクノロジーの光と影

 現在のバイオテクノロジーは、遺伝子組み換え作物の導入により化学農薬の使用量が平均して37%減少したという環境負荷軽減の効果を示している一方で、技術の集中化による市場支配への懸念も存在する。上述したように巨大企業による寡占化も進んでいる。

 科学界には、バイオテクノロジー技術や昆虫研究の成果が生物兵器的に悪用される可能性について警鐘を鳴らす声が多い。米国防総省は2019年には「昆虫兵器」の研究を募集したと報道があった。(※8)2019年には米下院が国防総省に対し、ダニを生物兵器として使用する実験についての調査を求める決議を可決するなど、昆虫を軍事利用する研究の実態も明らかになりつつある。(※9)

 『新たなる支配者』の巨大イナゴはまさに科学の悪用の寓話的再現として機能しており、科学的でイノベーティブに見える構想や研究も、行き過ぎた利益追求や暴走によって社会的害毒や世界の危機に転じる可能性があるというメッセージが発せられていると思える。

©2022 Universal Studios and Amblin Entertainment. All Rights Reserved.

 こうやって見てみると、白亜紀のDNAを使った巨大イナゴの復活や、特定の作物を食べないという行動制御も、いずれも現在の科学では極めて実現困難なエンタメ的拡張表現だといえる。実現可能性はゼロに近いほど低いが、非現実的な設定こそが、映画の真の価値を生み出しているともいえる。つまり、SF的誇張を交えることにより、バイオテクノロジーの進歩がもたらす光と影、企業による技術独占の危険性、科学者の社会的責任といった現実的な課題を、観客に分かりやすく、かつ強烈に印象付けているからだ。その意味で、本作は人類がテクノロジーの暴走にどう向き合うべきかを問う戦略的なSF大作として成功しているといってよいと思う。

参照
※1. https://note.com/kyotou_research/n/n784bd01ae319
※2. https://www.discoveryjapan.jp/news/fw34wmpma73/
※3. https://logmi.jp/knowledge_culture/culture/261726
※4. https://toyokeizai.net/articles/-/103887
※5. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250408/k10014773251000.html
※6. https://www.naro.go.jp/laboratory/nias/gmo/handbook/5/q5.html
※7. https://en.reset.org/privatization-seeds/
※8. https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/01/100-36_1.php
※9. https://www.cnn.co.jp/usa/35140070.html

■放送情報
『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』
フジテレビ系『土曜プレミアム』にて、7月19日(土)21:00~23:40放送 
製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ、コリン・トレボロウ、アレクサンドラ・ダービーシャー
監督:コリン・トレボロウ
製作:フランク・マーシャル、パトリック・クローリー
脚本:エミリー・カーマイケル、コリン・トレボロウ
キャラクター原案:マイケル・クライトン
ストーリー原案:デレク・コノリー、コリン・トレボロウ
出演:クリス・プラット、ブライス・ダラス・ハワード、ジャスティス・スミス、イザベラ・サーモン、ジェフ・ゴールドブラム、B・D・ウォン、ローラ・ダーン、サム・ニール、ディーチェン・ラックマン、ディワンダ・ワイズ、マムドゥ・アチー、キャンベル・スコット、オマール・シー
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