『さらば、わが愛/覇王別姫』と『国宝』は実は対照的? 時代の先で輝くべき“芸”のあり方

『覇王別姫』と『国宝』は実は対照的?

 そうした表面的な部分では“似通っている”両作品ではあるが、一歩踏み込んでみれば、実に対照的でもある。『国宝』の劇中、青年期にさしかかったばかりの喜久雄と俊介は、人間国宝である万菊(田中泯)の『鷺娘』を観ることで役者としての転機を迎える。それに限れば『さらば、わが愛/覇王別姫』において、小豆が名優の演じる『覇王別姫』を目撃して人生が一変することにも通じる。しかしその後の登場人物たちの芸道への向き合い方は異なる。『国宝』においてはあくまでも広く“歌舞伎界”で芸の道を極めていくのに対し、『さらば、わが愛/覇王別姫』では“京劇界”よりも『覇王別姫』という一つの演目に対する追求/追究の比重が大きい。もっともそれは『覇王別姫』という演目が有する“運命に対して責任を負う”というテーマが作品全体にも反映されているからであろう。

『さらば、わが愛/覇王別姫』©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

 そこから見出されるのは、『国宝』も『さらば、わが愛/覇王別姫』も、他の多くの映画がそうであるように“人”を描く映画であるという前提のもと、前者はそこから歌舞伎という不動の“文化”へと直結させ、1960年代から現代にかけての“時代・歴史”はその背景としての機能にとどまり、明確に物語を左右することはない。一方で後者では、“人”に続くものが“時代・歴史”であり、その両要素の橋渡しとなり、かつ“時代・歴史”と密接に関わり良くも悪くもその影響を受け続けるものとして“文化”が存在している。

『さらば、わが愛/覇王別姫』©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

 無論それは、描かれている時代背景のなかで起きた事象の差であることはいうまでもなく、それは映画の主軸たる“人”の描きかたにもあらわれている。『さらば、わが愛/覇王別姫』は北洋軍閥政府時代から日本軍の侵略、そして文化大革命まで、蝶衣や小樓は時代という外圧に翻弄されつづけていく。対して『国宝』で喜久雄と俊介が直面するのは、彼らの生い立ちや過去、血脈という極めて内在的なものだ。この両作の、類似性よりも対照性に着目することで、時代や文化の先で輝くべき“芸”というもののあり方が見えてくるのだろう。

■公開情報
『国宝』
全国公開中
出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作 宮澤エマ、田中泯、渡辺謙
監督:李相日
脚本:奥寺佐渡子
原作:『国宝』吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
製作幹事:アニプレックス 、MYRIAGON STUDIO
制作プロダクション:クレデウス
配給:東宝
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会
公式サイト:kokuhou-movie.com
公式X(旧Twitter):https://x.com/kokuhou_movie
公式Instagram:https://www.instagram.com/kokuhou_movie/
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@kokuhoumovie

『さらば、わが愛/覇王別姫』
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか公開中
監督:チェン・カイコー
出演:レスリー・チャン、チャン・フォンイー、コン・リー
配給:KADOKAWA
©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.
公式サイト:https://cinemakadokawa.jp/hbk4k/
公式X(旧Twitter):https://x.com/hbk4k

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