『さらば、わが愛/覇王別姫』と『国宝』は実は対照的? 時代の先で輝くべき“芸”のあり方

『覇王別姫』と『国宝』は実は対照的?

 公開からひと月半で観客動員数400万人に迫り、興行収入56億円を突破した李相日監督の『国宝』。大ヒットする映画というものはこれまでも数えきれないほどあったが、休暇期間でもないのに平日も安定した成績を収めつづけ、公開初週から上昇カーブを描きつづける作品というのはなかなかない。ましてやこれが上映時間およそ3時間もある長尺の作品で、歌舞伎を題材にした壮大な年代記。あらゆる客層に開かれたタイプの一般的なエンタメ映画の類とは異なる趣を持った作品であるという点でも異例である。

『国宝』©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

 『国宝』で描かれるのは、任侠の一家に生まれた喜久雄(吉沢亮/黒川想矢)が少年時代に歌舞伎役者・花井半二郎(渡辺謙)の家へと引き取られ、半二郎の息子である俊介(横浜流星/越山敬達)と出会う1964年から始まり、青年時代のさまざまな苦悩と葛藤を経て、壮年期にたどり着くまでの約50年間。その時々の出来事の断片を淡々と積み重ねていくことで、時間経過が伴い濃密な一人の人間の人生の物語へと昇華する。その構成は、“芸”を極めようとする男たちを軸にした物語という点も含め、やはりチェン・カイコー監督の『さらば、わが愛/覇王別姫』を想起せずにはいられない。

『さらば、わが愛/覇王別姫』©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

 30年ほど前に、現在まで続くアジア映画の世界的躍進の礎を築いた同作は、京劇役者である蝶衣(レスリー・チャン)と小樓(チャン・フォンイー)を軸に、中国国内の変革の渦に巻き込まれていく人々を描いた物語だ。1920年代から1970年代にかけての約50年間のストーリーが断片的に描かれ、上映時間は約3時間。美しい容姿を備えた主人公が異なる世界から伝統芸能の道に進んでいくことや、少年時代に出会った蝶衣と小樓(幼い頃はそれぞれ小豆、石頭と呼ばれていた)が兄弟としての絆を育みながら終生のライバルであり続けること、青年時代に京劇界で名を馳せながらも、それぞれ転落の道を歩むこと。『国宝』との共通項を挙げていけば枚挙にいとまがない。

『国宝』©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

 先日行われた上海国際映画祭に登壇した李相日監督が、『国宝』を手掛けるにあたって『さらば、わが愛/覇王別姫』から影響を受けたことを公言していたように、かたや中国の伝統的な演劇である京劇、もう一方は日本の伝統芸能である歌舞伎。時代や国が違えば各々の世間一般からのそれらの位置付けも異なって然るべきであるが、“芸道”という根幹は通じている。ゆえに、『国宝』のレファレンスとして『さらば、わが愛/覇王別姫』が用いられることは極めて自然なことであるし、そもそも50年間というあまりにも長い年月を一本の映画に集約する方法論から考えて、構成的に似てしまうのも仕方あるまい。

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