綾瀬はるか主演『ひとりでしにたい』を観て考える、大切な人たちへの“最後の贈り物”

『ひとりでしにたい』で考える最後の贈り物

 「孤独死」という言葉は「一つの死に方」を称する社会的用語として日常化していったものだ(※1)。内閣府公式サイトによると、日本が高齢化社会に突入した1970年代に生まれたとされていて、1995年~2000年頃になると、阪神・淡路大震災により被災した人々の「孤独死」が多発したことにより再度注目を浴びた。また2010年頃からは「無縁死」という言葉も生まれたとされている。これに対する近年の政府の主な取組としては、2007年度の厚生労働省における孤立死防止推進事業(いわゆる「孤独死ゼロ・プロジェクト」)が創設された(※2)。本作は身近な人の「孤独死」をきっかけに働く現代女性の人生とその終末を考えさせる話だが、今まさに仕事にまい進しているシングル女性にとっても、あるいは主婦として家事をこなす女性たちにとっても大いに身につまされるものがある。

 「大きくなったら伯母さんみたいになりたい」と鳴海が憧れた光子だが、傍から見ていた父・和夫(國村隼)からすれば、子育てと主婦業をこなし疲れている母・雅子(松坂慶子)に対し、自由人の光子はそれとなくマウントを取っていた。その後は、退職してすっかり老け込み行き場のなくなった光子に、母が孫自慢で仕返ししていたという。しかし、周りと比べたとき、誰だって自分の人生こそがイエスだと言いたい。それに鳴海のモノローグが言い当てているように、光子は数少ない女性リーダーとして職場で精いっぱい気を張っていた。母は家庭でひたすら妻と母の役割を果たし続けていた。その両方にプレッシャーを与え、搾取していたのは紛れもなく男性中心社会と、その恩恵を受けて生きてきた和夫のような男性たちだ。これまで意識したことが無かった母と伯母の冷たい諍いに、鳴海は「結婚していても子供がいても、働いているだけでもより良い死を迎えれられるわけではない」と悟る。

 続く第2話では、ひょんなことから那須田が鳴海の実家を訪れ、両親の終活への認識を聞き出すことになる。「母さんより自分が先に死ぬだろう?(=自分が看取ってもらえる)」や、「もし母さんが先に逝ってしまっても、鳴海が同居して面倒見ればいいじゃないか(=家族の中で女性は永遠にケアさせられ続ける)」という前時代的で身勝手な言動を繰り出す和夫は、那須田からの冷静かつ辛辣な理詰めに遭い、完全にしょげ返る。現代的な男性と旧式男性の対比が鮮やかで爽快だ。

 生きとし生けるもの、死とは必ず迎える瞬間である。『ひとりでしにたい』は、こうして現代的な死生観について語ると同時に、女性の生き方にまつわる困難と憂鬱にも眼差しを向けた、時代を象徴する社会派終活コメディだ。その人の来し方の“正解”と“不正解”についてを、どう死ぬかによってもはや故人には預かり知らぬところでジャッジされるのは理不尽なことだ。旧来の家族制度への神話が崩壊した現代では孤独死は避けられないが、むしろ孤高な生き方の総決算なのかもしれない。 

 「過去は及ばず、未来は知れず、死んでからのことは宗教にまかせろ」は、思想家・中村天風の名言だそうだ。たしかに自分自身が死んだ後のことまで責任は取れない。それでもこのドラマを観ると、やはりより良い死を準備しておきたくなる。鳴海は大人になるにつれ光子と疎遠になってはいたが、自身も働く女性となった鳴海の心の中にいた光子の姿は、幼少期に憧れた素敵な女性だった。だからこそ、周囲からの“みじめな死に方”という声に胸を痛める。どう命を終えるかというのは、自分を大事に思っていてくれた大切な人たちへ残すことができる、最後の贈り物なのだろう。

参考
※1. 呉獨立「『孤独死』現象を構成する諸要素に関する考察」(「社学研論集」2018年9月15日)
※2. https://waseda.repo.nii.ac.jp/record/42047/files/ShagakukenRonsyu_32_6.pdf
※3. https://www.cao.go.jp/kodoku_koritsu/torikumi/wg/r6/pdf/houkokusyo.pdf

■放送情報
土曜ドラマ 『ひとりでしにたい』(全6回)
NHK総合にて、毎週土曜22:00〜22:45放送
出演:綾瀬はるか、佐野勇斗、山口紗弥加、小関裕太、恒松祐里、満島真之介、國村隼、松坂慶子
原作:カレー沢薫『ひとりでしにたい』
脚本:大森美香
音楽:パスカルズ
主題歌:椎名林檎「芒に月」
制作統括:高城朝子(テレビマンユニオン)、尾崎裕和(NHK)
演出:石井永二、熊坂出、小林直希(テレビマンユニオン)
写真提供=NHK

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