『ミッション:インポッシブル』“エンティティ”は実現可能か AIの軍事利用の実情から考察

『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』(以下、『デッドレコニング』)が、6月20日の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で放送される。
本作は、ロシアの潜水艦内で誕生した自我を持つAI「エンティティ」が暴走して自ら事故を起こす衝撃的な場面で幕を開ける。エンティティはサイバー空間を自由自在に駆け巡り、世界中のAIに侵入して破壊を企てる、神出鬼没な「悪いAI」として、本作と次作『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』のメインヴィランとなる。現代のAIの脅威を巧みに取り込んだエンティティのようなAIは現実世界に存在しているのか、実際にAIはどのように軍事利用されているのか含め、考察してみたい。
サイバー空間を駆け巡る自我を持つAIは存在する?
『デッドレコニング』は、推測航法(デッドレコニング)用の最新AIを搭載したロシアの次世代潜水艦「セヴァストポリ」の登場で幕を開ける。ここで潜水艦のAIとアメリカの軍事AIが混ざり合ってしまい、エンティティという自我を持つAIが誕生するのだ。エンティティは潜水艦を破壊し、サイバー空間を駆け巡って世界中のAIに侵入し、情報を盗み見て学習を重ねていく。

先に結論を示すと、エンティティのような「自我を持ち、自由自在に世界中のネットワークやAIに侵入する」AIは現時点では実現していない。AIはあくまでプログラムされた範囲内で動作し、自律的な意志決定をすることはできない。
また、世界中のあらゆるAIシステムやネットワークに侵入するには、異なるOSやセキュリティシステムを横断する汎用的な機能が必要だ。さらに、システムやネットワークを物理的に他のネットワークから隔離しているエアギャップのシステムも多いことから、エンティティのような超広範な侵入は現実的ではないといえる。
だが、ご存知のようにフェイクニュースやサイバー攻撃、特殊詐欺等の分野ではAI技術がフル活用されている。攻撃対象の行動予測や防御回避、監視カメラやスマートデバイス、車載コンピューターなど、デジタル化が進む現代社会では、AIが何らかの形で“潜伏”して情報を収集・分析することは技術的に可能といえる。その意味で、エンティティの描写は現実の延長線上にある空想科学的なもう1つの現実といっていいのかもしれない。
ちなみに、エンティティはロシアの潜水艦AIとアメリカの軍事AIが混ざり合って誕生したとされるが、現時点で、異なるAIシステムが自律的に融合して進化することは非常に困難である。AI同士が連携することは可能かもしれないが、完全に統合し、さらに新たな自我を持つような進化は、現時点ではSFの領域といって良いと思う。
しかし、AIは今でも充分「怖い」
本作内でエンティティは人々の行動を予測し、恐怖を与え、さまざまな罠を巡らせる。これもまた映画ならではの演出といえるが、現実世界でもAIはデータに基づく予測と攻撃誘導を得意とする。
実際、イスラエル軍はガザ地区で「ラベンダー」と呼ばれるAIシステムを運用し、住民の情報をデータ化して攻撃対象を抽出している。AIが示した標的を人間が短時間で承認し攻撃する、現実の誘導もすでに始まっている。(※1)
さらに怖いのは、「自律型致死兵器システム(LAWS: Lethal Autonomous Weapons Systems)」である。これは、人間の介入なしに目標を特定し、攻撃を決定・実行するシステムだ。LAWSの開発・配備には倫理的な議論が伴うとされながら、多くの国で一部のシステムに限定的な自律性が付与されているという指摘がある。例えば、特定の目標エリア内で、あらかじめ設定された条件を満たすターゲットを自動的に攻撃するドローンなどがそうだ。他にも偵察・監視ドローンや、精密誘導兵器にもAIは活用されている。誤動作したらどうなるのか、想像しただけでも怖い。
近年の紛争地帯、とくにウクライナではAI搭載ドローンが実用段階にあるようだ。Forbes Japanなどによれば、ウクライナ軍は米国製の「Skynode S」を用いたFPVドローンによって、電波妨害下でも自律誘導を実証している。(※2)完全自律型(LAWS)は限定的で、多くは人間の監督下で運用されているようだ。
また、自爆FPVドローンを含め、AIによる終末誘導が可能になってるという。ロシア側もこれに匹敵する技術開発を進めているとされ、両軍のドローン運用にAIが深く関与しているのは間違いないだろう。