シリル・ガーヌの名を覚えて損なし! “リアル”と“リアリティ”が逆転した『K.O.』の秀逸性

『K.O.』フィクションを超えたリアル

 香港映画の歴史を見れば、『スパルタンX』(1984年)のベニー・ユキーデや『イップ・マン 継承』(2015年)のマイク・タイソンなど、強烈な印象を残した武術家が何人もいる。彼らのアクションが素晴らしく見える理由は二つ。アクション監督の演出が優れているか、武術家本人が俳優として優れているかだ。『K.O.』に関しては、その両方が優れていると言える。

 本作のスタントコーディネーターは、『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(2023年)のファイトコレオグラファーおよびパリのスタントコーディネーターを務めたローラン・デミアノフ。もともと『導火線 FLASH POINT』に影響を受けてMMA色の強い『ジョン・ウィック』シリーズに参加した経歴を持つローラン・デミアノフは、エッジの効いたカメラワークを交えた迫力あるアクション演出でシリル・ガーヌのMMAアクションを魅せる。

 対するシリル・ガーヌも素晴らしい。動きがが尋常じゃないのは言うに及ばず。過去の行いが原因で心に痛みを抱えた主人公を、瞳の奥に繊細さを湛えた演技で見せる。そう、シリル・ガーヌは文句なしの「演技」と「表現」をしているのだ。『K.O.』のアクションが素晴らしいのはシリル・ガーヌが「表現者」に徹した結果だと言える。それから格闘家がアクションをすることについて口さがないことを述べたが、本当に強い人から滲み出る迫力というものはやはりある。つまるところシリル・ガーヌの存在感と、表現者としての真摯な姿勢が「強さの説得力がフィクションを超越する」という奇跡をもたらしたのだ。

 これだけ言葉を尽くしても、やはり『K.O.』は多くの人にとって取るに足らない作品だと思う。しかし、格闘アクション映画が大好きでたまらない人なら観て損はない。身長193cmの巨体から繰り出される大砲めいた飛び膝蹴りに、エグい角度の肘打ち。そして熟練のテクニックを感じさせるキレ味抜群のコンビネーション。シリル・ガーヌから飛び出す技の数々は、暴力として合法か疑わしいほど強烈だ。

 シリル・ガーヌの「強さ」の説得力に対しフィクションが追い付いていないのは、本作の美徳であり、欠点だ。それ故に本作を観たものは必ずこう思うだろう。アクション俳優シリル・ガーヌの新作をまた観てみたいと。それがいつになるかわからないし、素晴らしい作品になる保証はない(ある作品で素晴らしいアクションを見せた格闘家が別のアクション監督の作品では動きがショボい、なんてことはしょっちゅうある)。だが、それでも繊細な演技とパワフルなアクションを見せたシリル・ガーヌの新作が観たいと願ってやまない。そういう魅力が『K.O.』にある。

■配信情報
Netflix映画『K.O.』
Netflixにて独占配信中
出演:シリル・ガーヌ、アリス・ベライディ、フエド・ナッパほか
監督:アントワーヌ・ブロシエ

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる