『岸辺露伴は動かない 懺悔室』ヴェネチアが存在感を持った理由 『赤い影』との共通項も

疑問に思うのは、本作の後半部分で娯楽的な要素が欠けていたという点だ。ネタバレをしてしまうが、この後半部は露伴が仕掛ける「コンゲーム」、つまりターゲットを欺く大掛かりな仕掛けを描くことが主軸となる。本作での露伴は、このオリジナルストーリーによって、これまでになく積極的に動くのである。そのこと自体は問題ないのだが、観客にそれを示さないまま進行していくというのは、リスクある作劇だといえよう。主人公である露伴の行動の目的が明示されなければ、物語自体の推進力が得られないからだ。
もちろんそれは、ラストでの衝撃を高めるためであることは理解できる。しかし初見の観客は、後半をどのように観たらいいか、拠り所を失ってしまう危険性があるのだ。他の作品のネタバレになってしまうので、タイトルを出すのは控えるが、例えば、同様にコンゲームを描いた1970年代のある名作映画では、主人公たちがコンゲームを仕掛けていることを観客に明らかにしながら進行する。しかし、ラストで観客が知らない領域の仕掛けを用意するといった趣向で驚かせるのである。
対して本作では、基本的に露伴の行動の意味を観客に明示しないため、単に露伴がヴェネチアで時間を過ごしてるだけに見えてしまい、ストーリーが前進している印象を与えないのが問題なのだ。ここではやはり、コンゲームであることを部分的に明示しておいて、計画とは異なる事態が起こることで観客にスリルを与え、その裏でじつは二段構えの計画が存在していたというプロットを作るのが常道だったといえるだろう。
しかし、である。この映画が娯楽作品の基本をはずしていることを一方的に批判したくならないのは、この後半のオフビートな内容が、非常に強い特徴にもなっているからだ。よくある映画作品のように、ストーリーの強い推進力で引っ張っていく構造であれば、おそらく魅力的なヴェネチアの街は、物語が進行するに従って、単なる背景、さらには記号のように感じられてくるはずである。
本作は、露伴が何をやってるか、中途ではよく理解できない。しかし散漫に見えるストーリーだからこそ、街の不穏さや風情が前面に押し出されてくる。それはエンタメとしては致命的なのかもしれないし、娯楽作としてはバランスが悪いものの、映画をそのまま映像として味わうという点では、奇妙な存在意義を生み出してもいるのである。それはある種、無軌道に見えるストーリーで惨劇が連続していく『赤い影』にも通底する点なのである。だからこそ本作には、それが意図的だったかはともかくとして、『赤い影』同様に、「ヴェネチア」が強烈に香ってくるのだ。
一方で、いままで傍観者としての存在であることが多かった岸辺露伴が、とくに本作では他人の人生を大きく変えてしまうまでに介入し、自分の設計した“物語”を導入しようとした点には納得感もある。
ストーリーのなかで露伴が直接的に動く要因となったのは、劇中で「幸せの呪い」が露伴自身にも降りかかってくるためである。その呪いは、ヨーロッパ各国で露伴の漫画の売れ行きが不自然に伸びるという“幸福”によって明らかになるのだが、誇り高い露伴は、自身の力以外の要因で漫画がヒットする事態に我慢できず、本気で憤慨している姿を見せる。だからこそ彼は呪いに対し、自分の“創造性”で対抗したのだと考えられる。
これまでの露伴の目的は、基本的に尽きせぬ好奇心と、他人の秘められた物語や怪異を、漫画のネタにしたいという欲望だった。同様に好奇心で危険や怪異の正体を覗き見したいというのは、シリーズを観ている観客の欲望にも繋がっている。そこに原作と同じく、受け手と主人公の親密な共犯関係が生まれることになる。そこがこのシリーズの肝であったはずだ。
そして露伴は、原作の「懺悔室」、「富豪村」、「ザ・ラン」などでも対決を避け最終的には逃げだすように、ある種の“ヘタレ”としての逃亡が一つの様式美や、逆説としてのかっこよさを生み出してもいた。それが、彼の名言「だが断る」に集約されている。そういったアンチヒーロー性、傍観者にとどまろうとする姿勢が、『ジョジョ』本編とは異なる面白さを生んでいたといえる。しかし本作では、その枠組みをとくに大きく破り、他人の人生を救おうとするところまで、能動的に動くのである。その原因が、自身の創造性の尊厳であるというところは、確かに露伴らしい点ではあるが。
そういう意味で本作は、原作漫画では原点だったエピソードを、岸辺露伴というキャラクターの発展した最新の境地に置き換えたという点では挑戦的なストーリーだったともいえるだろう。そんな作品世界の変質を、われわれ観客は、地盤沈下や海面上昇により沈みゆくといわれる、まるで泡沫(うたかた)のように、水に囲まれたヴェネチアの街の光景とともに味わうのである。
■公開情報
『岸辺露伴は動かない 懺悔室』
全国公開中
出演:高橋一生、飯豊まりえ、玉城ティナ、戸次重幸、大東駿介、井浦新
原作:荒木飛呂彦『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督:渡辺一貴
脚本:小林靖子
音楽:菊地成孔/新音楽制作工房
人物デザイン監修・衣裳デザイン:柘植伊佐夫
製作:『岸辺露伴は動かない 懺悔室』 製作委員会
制作プロダクション: NHKエンタープライズ、P.I.C.S.
配給:アスミック・エース
©2025「岸辺露伴は動かない 懺悔室」製作委員会 © LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
公式サイト:kishiberohan-movie.asmik-ace.co.jp

























