『岸辺露伴は動かない 懺悔室』ヴェネチアが存在感を持った理由 『赤い影』との共通項も

荒木飛呂彦の人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ『岸辺露伴は動かない』は、人間の身体を書籍にすることで過去の経歴や考えを覗き見たり、思考を書き加えることのできる特殊な能力を持つ漫画家・岸辺露伴を主人公にした短編シリーズ。高橋一生が主演する同名実写ドラマシリーズも、そのエキセントリックな演技や、作品世界を拡張する脚本などが視聴者を魅了してきた。そんなドラマシリーズの劇場版第2弾、『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が、このほど公開された。
「懺悔室」は、原作漫画の原点であり、『岸辺露伴は動かない』のエッセンスが詰め込まれた内容ながら、おそらくイタリアが舞台であるという制約から、これまで実写での映像化は敬遠されてきたエピソードだ。しかし、劇場版第1弾となった、フランスを舞台とした『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(2023年)の興行的成功を受け、新たに題材として浮上してきたと思われる。
『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』がパリ、ルーヴル美術館でロケ撮影をしたという実績から、本作『岸辺露伴は動かない 懺悔室』は、邦画初だという、ヴェネチアでのオールロケが敢行された。その試みにより、本作で最も印象的な要素となったのが、水の都・ヴェネチアの風景だ。しかしなぜ、この映画では、ヴェネチアの雰囲気がここまで濃密に表現されているのだろうか。ここではシリーズの劇場版において、本作のヴェネチアという舞台が、パリ以上に存在感を持った理由を明らかにしていきたい。
※本記事では、映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』のストーリーにおける重要な展開に触れています。
極端に細く、入り組んだ路地。水路にかかる無数の橋。それ自体が世界遺産に登録されているヴェネチアの街の、複雑な形状と不思議な佇まいは、それだけでミステリーを自ずから演出してくれる、得難い舞台である。数々の映画作品の舞台ともなり、近年でも『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』(2023年)で、トム・クルーズ演じるエージェントが謎めいた力に翻弄される背景として、ヴェネチアの街が利用されていた。
興味深いのは、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』が参考にしたのが、やはりヴェネチアが舞台となる、ニコラス・ローグ監督の映画『赤い影』(1973年)だったという点だ。赤いコートを着た少女の亡霊をめぐり、水の都でさまざまな惨劇が起こる作品である。本作『岸辺露伴は動かない 懺悔室』もまた、同じ街を舞台にした映画として、赤いローブを着た少女が登場。『赤い影』への明らかなオマージュをおこなっている。それほど『赤い影』は、ヴェネチアの謎めいた魅力を引き出した、アイコニックな存在なのだ。
前述したように、これまで実写ドラマシリーズや映画版における『岸辺露伴は動かない』は、脚本家・小林靖子による世界観の理解によって、原作にさらなる味付けをすることで物語を広げてきた作品だ。なかでも本作は、これまで以上に新たなストーリーを加えている。
原作は、岸辺露伴が好奇心から、ある人物の懺悔を聞いてしまうという内容だった。露伴自体はとくにストーリーに関与しないところが特徴で、それが「岸辺露伴は動かない」というタイトルを際立たせている。
空中に放り投げたポップコーンを3回、口でキャッチしなければ、深刻な代償を払わせられるといった危機に直面した男の奮闘が原作のクライマックスとなるが、本作ではそこを前半で消化して、オリジナルストーリーを後半で用意しているのだ。もちろん、ごく短い「懺悔室」のエピソードを2時間近くある映画の尺に合わせるためには、このような調整をしなければならないのは確かなのだが、これはかなりチャレンジングな試みだったといえるだろう。