『あんぱん』軍へのパン提供をめぐりのぶと蘭子が対立 戦争が浮き彫りにした朝田家の分断

『あんぱん』対立するのぶと蘭子

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』第44回では、軍用の乾パン製造をめぐって、のぶ、草吉、蘭子たちの思いが交錯する。個人の意思と社会の論理のあいだで揺れる小さな選択の数々が、登場人物それぞれの誠実さを浮かび上がらせる回となった。

 のぶ(今田美桜)の積極的な指導もあって、教室では子どもたちが「お国のために」と声を揃えるようになっていた。時代に寄り添う教育のかたちとして、それは当たり前のように受け入れられていくが、どこか胸にひっかかる違和感も残る。

 そんななか、朝田パンに軍に納める乾パンの注文が入る。軍からの直々のお願いということもあって、わき立つ釜次(吉田鋼太郎)たちだが、蘭子(河合優実)だけは浮かない表情を見せていた。誰よりも戦争の現実を知っているからこそ、素直に喜ぶことができなかったのだろう。彼女は、最愛の人を戦争で失っている。国のために命を捧げたという建前では埋めきれない喪失と、それを正当化する社会の空気。その狭間で、蘭子はずっと、静かに葛藤し続けているのだろう。

 一方で、伯父・寛(竹野内豊)の死を受けて、進路に迷う千尋(中沢元紀)。血が怖いという理由で避けてきた医師の道だが、「自分が継がなければ医院がなくなる」と、彼の中には責任感が芽生え始めていた。そんな千尋に声をかけたのは草吉(阿部サダヲ)。「人間、得手不得手があって当たり前だ。神様がわざわざそう作ったんだからさ」という草吉の言葉は、どこか自分自身を諭すようでもあった。かつて銀座のパン屋で働いていた過去を持ちながら、現在は高知の町の片隅で、パンに触れず“適当に生きる”ことを選んだ男。その選択に、弱さと強さの両方がにじんでいるように見えた。

 問いかけるように千尋が「銀座のパン屋さんにいたんでしょ?」と尋ねると、草吉は「忘れたよ」と笑ってから言った。「適当だよ。適当に生きるって決めたんだ。適当は気楽でいいぞ」。それは敗北でも、諦めでもなく、草吉なりの誠実さだ。彼の言葉に、千尋の顔にはようやく笑みが戻る。思い詰めていた心が、少しずつほどけていくように。草吉の言葉は、どこまでも飄々としていながら、いつも不思議と核心を突いてくる。真正面から語られるわけではないが、だからこそ心に染みる。押しつけでも、説教でもない。ただ、その場に必要な言葉を、必要な分だけ差し出すような優しさがあった。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「リキャップ」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる