河合優実は“語らない”ことで感情を表現する 『あんぱん』蘭子と豪のあまりに尊い時間

豪(細田佳央太)の壮行会を目前に、蘭子(河合優実)がついに胸の内に秘めていた想いを言葉にした『あんぱん』(NHK総合)第29話。揺れる時代の中で交錯する恋心と家族の絆が丁寧に描かれた回となった。戦争の足音が迫るなか、それでも誰かを想い、言葉にすることの尊さが、静かな余韻をもって胸に残る一話だった。
蘭子はまだ思いを胸の内に隠したまま、豪の壮行会の日がやってきた。そんな蘭子の恋心を知っているのぶ(今田美桜)は、「心に思うちゅうことを伝えんがは、思うちゃあせんのと同じことやき」と背中を押す。蘭子は、のぶの言葉に胸を突かれたように立ち止まる。ずっと、誰にも言えなかった。言えば壊れてしまうような気がして、豪のそばにいられなくなるような気がして、怖かった。でも、何も言わずに見送ることの方が、ずっと苦しいはずだ。
その日の夕暮れ時、蘭子はまっすぐに豪のもとへ向かった。どれだけ言葉を練り直しても、胸の奥で燻る想いは形にならない。けれど、言わなければ後悔が残ってしまう。
「長い間、お世話になりました」
蘭子がようやく絞り出そうとした想いを、そっと包んで終わらせるような、あたたかくも決定的な一言。拒絶ではない。けれど、受け入れでもない。ふたりの時間が、ここで静かに幕を引くことを知らせるものだった。
このシーンの河合優実の表情の揺れが素晴らしかった。言葉を遮られたそのとき、ほんの一瞬だけ止まったように見える彼女の瞳。その奥には、伝えられなかった想いへの悔しさ、豪の誠実さへの理解、そして自らを納得させようとする葛藤が、幾重にも交差しているように思えた。河合は、それら複雑な感情を一切の誇張なく、むしろ“語らない”ことで表現してみせる。

壮行会は、朝田家に大勢の人々が集まり、にぎやかに、そしてあたたかく執り行われた。笑顔と酒が行き交う中、豪は中央に立ち、集まった人々に深々と頭を下げた。お祝いムードに包まれるなか、それをぶち壊したのは屋村草吉(阿部サダヲ)だった。




















