“さとこ”桜井ユキが選んだ生き方とは 『しあわせは食べて寝て待て』が描く“良質な普通”

『しあわせは食べて寝て待て』の良質な普通

 もう1つは、さとこの体調を鑑みてのことだろう。さとこの元上司とバンド仲間だった繋がりから、彼女をパートとして迎え入れた唐。膠原病を患うさとこに決して無理はさせず、かつ疎外感を与えないように心がけている。でも、それは単なる同情ではない。さとこの生き方が、他の社員にも良い影響を与えてくれると思っていたからだった。

 デザイナーはクリエイティブで華やかな仕事と思われがちだが、実は地味で地道な作業の繰り返しだ。時には自分のこだわりを捨てて、クライアントの要望に応える必要があるし、残業してでも締め切りに間に合わせなければならない。ひたすら他人のためであり、自分のことがつい後回しになってしまう。

「だから、麦巻(さとこ)さんが仕事の量とか体調とか、自分でしっかり調節しているの見ると、ハッとするんだよねぇ」

 そんな思いもよらぬ唐の言葉で目頭を熱くさせるさとこの表情にグッときた。さとこは今の生き方を好んで選んだわけではない。週4日しか働いていないのは無理をすると体が悲鳴を上げるからで、過去の行いを謝罪したいという後輩の申し出を突っぱねたのはプライドからではなく、自分を辛い目に遭わせた人に優しくするだけの余裕がもうないため。だけど、それこそ多くの人が望みながらも、なかなか手に入らない生き方なのではないだろうか。何かに追い立てられるかのように働き、自分を傷つけてくる人にまで気を遣って、さとこの元上司のようにある日突然パタッと亡くなる人もいる。

 結果論に過ぎないけれど、さとこは病気にその未来から救ってもらった。今の生活は、“良質な普通”そのものだ。お粥のように地味で素朴だけど、あたたかい人たちと美味しい薬膳に囲まれた心身ともに安らかな日々。それを今まで、さとこは「これでいい」と妥協的に受け入れていたのかもしれない。しかし、唐の言葉で「これがいい」と思えたさとこは前の会社に戻らないことを決め、小川に薬膳のアドバイスを添えた感謝の手紙を送る。

 今回も何かが大きく動き出したわけではなく、あくまでも現状維持。胸がキュンとするような恋も、考察しがいのある事件も、主人公であるさとこの身には降りかかってこない。けれど、素材(=俳優)の良さが際立っていて、シンプルでいて精巧なストーリーと演出に心が動かされる。そんな本作もまた、粥有十利なドラマだ。これでいい、これがいい。

 何かと奇をてらったものを求められがちな社会だけど、普通を大事にしようと思えた。一方で、その“普通”を今は手に入れにくい世の中なのかもしれない。現実世界でも人々を苦しめる米不足と価格の高騰にさとこが打撃を受ける場面もあった。米が手に入らなければ、お粥も作れない。そんな現実の厳しさに、さとこはどう立ち向かっていくのだろうか。

■放送情報
ドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』
NHK総合にて、毎週火曜22:00~放送
出演:桜井ユキ、宮沢氷魚、加賀まりこ、福士誠治、田畑智子、中山雄斗、奥山葵、北乃きい、西山潤、土居志央梨、中山ひなの、朝加真由美
原作:水凪トリ『しあわせは食べて寝て待て』
脚本:桑原亮子、ねじめ彩木
音楽:中島ノブユキ
演出:中野亮平、田中健二、内田貴史
制作統括:小松昌代(NHK エンタープライズ)、渡邊悟(NHK)
写真提供=NHK

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「リキャップ」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる