『あんぱん』開始前に振り返るやなせたかしの歴史 実は“遅咲き”な人生をどう描くのか?

3月31日からスタートするNHK連続テレビ小説『あんぱん』は、絵本から玩具やアニメに広がり大人気となっている「アンパンマン」を生み出したやなせたかしの妻・小松暢がモデルとなったヒロインを描くドラマだ。ヒロイン・朝田のぶを演じるのは今田美桜で、やなせたかしに相当する柳井嵩は北村匠海が演じるが、実は「アンパンマン」とやなせたかしが注目を集めるようになったのは70歳くらいになってから。そこまでのやなせたかしが何をしてきたか、どのようにして「アンパンマン」が生み出されたのかが分かるドラマになっていそうだ。

『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)という本がある。やなせたかしが1995年に刊行した自叙伝で、やなせが94歳で没した2013年に本人の「九十四歳のごあいさつ―『岩波現代文庫あとがき』に代えて―」を添えて再刊された。そこには、全国各地にアンパンマンミュージアムができるほどの人気作品となったことに、「なぜこうなったのだろう? 作者のぼくに分かるはずがない」といった、半歩下がった場所から状況を見つめる言葉が綴られていた。
本文にも、1988年に放送が始まったTVアニメ『それいけ!アンパンマン』が大ヒットした70歳くらいになって、「はじめて、いくらか陽の当たる場所に登場した」と感じたことが記されている。1990年に日本漫画家協会賞大賞を獲得したことを、「暗夜の光という感じだった」と捉え、「アンパンマンもやっと市民権をもつことができた」と書くやなせの自己評価の低さは、決して謙遜や韜晦といった意識から出たものではない。
『サザエさん』の長谷川町子も『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげるも、実はやなせより年下だ。『鉄腕アトム』の手塚治虫に至っては9歳も下。それでいて、還暦を過ぎた年配者にとって『アンパンマン』は、『サザエさん』や『ゲゲゲの鬼太郎』や『鉄腕アトム』のような子供時代を思い出させる作品ではまったくない。
これが、40歳あたりから下の世代になると、アンパンマンの存在感はとてつもなく強大になる。藤子・F・不二雄の『ドラえもん』より深く心に刻み込まれているかもしれない。最大の理由がTVアニメ『それいけ!アンパンマン』の存在だ。絵本の世界で静かに支持を集めていたキャラクターや物語が、これで一気に広がりその後の爆発的な人気へと続いた。
『アンパンマン』が国民的作品になるまで
アンパンマンの誕生自体は1969年と古い。『ドラえもん』も同じ年の誕生だが、『オバケのQ太郎』や『パーマン』で知られる人気漫画家の作品と、舞台美術や放送作家の仕事が多くなっていたやなせの作品とでは届く範囲が違っていた。内容のほうも子供向けではなく、人間のおじさんがお腹をすかした人のところに駆けつけ、パンを差し出して助けるというもの。設定自体は似ていてもヒーローものといった雰囲気はなかった。
1973年に幼児を対象にして、頭がパンになっている今と同じアンパンマンが登場する絵本を出すようになったことで、ジワジワと人気を広げていった。1988年にTVアニメが始まって、一気に国民的なキャラクターへと駆け上がった。やなせは2014年の時点で、「もうボツボツやめた方がいいのではないかとぼくは心配している」と書いていたが、現時点では杞憂に終わっている。