『あんぱん』開始前に振り返るやなせたかしの歴史 実は“遅咲き”な人生をどう描くのか?

アンパンマンがこれほどまでの人気キャラクターとなった理由を、本人はよく分からないと言っているが、ひとつには見て分かりやすい姿をしたキャラクターたちが、面白くてためになる展開を見せてくれることがあるだろう。何をして生きるのかを問いかけ、生きる喜びを持つ嬉しさを訴える主題歌の精神が息づく物語が、見ていて心を前向きにしてくれる。
実際のところ、乳幼児がどこまで物語を理解しているかは分からない。これについて、2010年に刊行の安田女子大学紀要第38号に掲載された西川ひろ子の論文「乳幼児のキャラクター志向に関する研究―何故,子供は2歳のときにアンパンマンが大好きになり,5歳になると『ださい』というのか ―」が、興味深いことを指摘している。
保育学生のアンケートを元に、「アンパンマンの顔が赤ちゃんからも認識しやすく、乳幼児にとって名前も発音しやすかったり、乳幼児が関心が高い食べ物を題材にしている」ことが、アンパンマンに乳幼児が親しみを抱く理由になっていると分析している。「乳児は保育者から愛情を持って抱かれ、触れられ、愛撫され、ほほえみかけられ、話しかけられること等の行為によって安心する。アンパンマンは、いつもほほえみの笑顔、乳児でも認識できる単純な丸顔で、食事を犠牲にしても与えてくれる」。そして手放せない存在になるというわけだ。
少し成長して離れていっても、乳幼児のころに抱いた好感は続き、やなせが込めたテーマ性も思い出されてアンパンマンを慕い続ける。そして自分の子供に与え続ける。そうしたサイクルがアンパンマンを永遠の存在にしている。
アニメ化で一気に広まったファンが大人になって社会の広い範囲を占めるようになった今、アンパンマンはアトムやドラえもんに並ぶ知名度と人気を持つ存在だ。これを生み出したやなせと妻の暢がどのような生涯を送ってきたかは気になるところ。朝ドラの『あんぱん』に期待が向くが、そこには自分たちが知るやなせやアンパンマンは出てこないかもしれない。アンパンマンの生みの親としてメディアで活躍したやなせの年齢が高過ぎるからだ。
朝ドラでは『サザエさん』の長谷川町子、『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげるがモデルとして登場する作品も放送されている。前者の『マー姉ちゃん』は1979年の放送で、長谷川町子に相当する磯野マチ子を田中裕子が演じて、絵の得意な女学生が20代半ばで「サザエさん」を生み出すまでを支え、その後も併走し続けた姉や母との日々を描いた。後者は2010年放送の『ゲゲゲの女房』で、水木しげるが売れない貸本漫画家だった時代に嫁いだ妻がモデルの女性を主人公に、1980年代半ばのどうにか漫画家として成功した状況までを描いた。
アンパンマンがTVアニメで大人気となるのは、両ドラマの最終回よりも時代的に後になる。大成功を受け、地域おこしやテーマパークのマスコットキャラクターを無数に描き、イベントで自ら歌を披露するおじいちゃんといった風体のやなせを、20代の北村匠海が演じる姿が浮かばない。『マー姉ちゃん』や『ゲゲゲの女房』に倣って、高知新聞社で暢と出会い一緒に上京し、漫画を描いたり舞台美術を作ったり手塚治虫の劇場アニメを手伝ったりしながら『アンパンマン』にたどり着くまでが描かれることになるのかもしれない。

それはそれで、手塚や永六輔やいずみたくといった文化人たちとの交流があり、ハローキティで知られるサンリオの草創期に携わった話もあってと、昭和の文化をやなせと暢が二人三脚で生きていく姿を通して見ていく楽しみを味わえそう。そうした日々が、どのようにアンパンマンに結実したかを知ることで、改めてアンパンマンの偉大さに気付くことになるのだろう。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、3月31日(月)スタート 全26週(130回)
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、吉田鋼太郎、浅田美代子、細田佳央太、松嶋菜々子、二宮和也、中沢元紀、瞳水ひまり、戸田菜穂、竹野内豊
作:中園ミホ
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK